アマガミ 響先輩SS 「お気に入りの手袋」


 「(うう、今日も寒いな。早く帰ろう……)」

 「(あ、前を歩いている後ろ姿は間違いなく塚原先輩。今日は一人なんだな)」

 「(よし、追いかけて塚原先輩と一緒に帰ろう)」

 ……

 「塚原せんぱーい」

 「あ、橘君。朝も帰りも一緒になるなんて奇遇だね」

 「今日は一人なんですか」

 「うん、はるかは用事があるんだって」

 「そうなんですか。あの、もしよかったら一緒に帰りませんか」

 「うん、いいよ」

 「やったー」

 「そんなに喜ぶこと?」

 「ええ」

 「くす、そんなたいしたことじゃないのに」

 「(あれ、手袋……朝はしてなかったのに)塚原先輩、可愛い手袋ですね」

 「え? ああ、これ?」

 「ええ」

 「ふふ、おかしいでしょう」

 「いえ、そんなことないですよ。ちょっと……」

 「ちょっと?」

 「意外かなって」

 「そ、そうだよね…… やっぱりこんなデザインは私らしくないよね」

 「そうじゃなくて」

 「え?」

 「塚原先輩って、いつも落ち着いていて、シックな印象があるから、確かにその手袋の
 色やデザインは意外でした」

 「……やっぱり」

 「でも、それすごく似合ってますよ」

 「……え?」

 「ええ、意外って言うと失礼ですけど、意外なほど似合ってます。いつもの手袋も
 いいけど、このピンクと白の手袋も違和感ないな、って」

 「そ、そうかな」

 「ええ、自信もっていいですよ。僕は嘘はいいませんから」

 「ほ、ほんとに?」

 「本当です。なんなら七咲に聞いてみたらいいですよ。彼女も一瞬意外そうな顔をして
 からきっと同じことを言いますよ」

 「そっか、ちょっと思い切ってみて、よかった……かな」

 「(そう言えばこの間あったとき手袋を見に来たって言っていたっけ、きっとその時の
 なんだろうな)」

 「これね、実は校則違反なんだ」

 「なんでですか?」

 「手袋は過度に華美な物でないこと、に触れるんだって」

 「そんなに派手なわけでもないと思いますけどね」

 「だから、朝はしなかったの。正門で没収されちゃうのは悲しいしね」

 「それで今朝は手袋をしてなかったんですね」

 「そういうこと。帰りも正門をでてから手袋をつけたんだ。だからはるかもこの手袋の
 ことは知らない」

 「へー、そう言うこともあるんですね」

 「いつも一緒にいるからって、何でも知ってるわけじゃないのよ」

 「そうなんですか」

 「ふふ、だからこうして橘君と今日一緒に帰っていることも、はるかには内緒」

 「はは、そうですね。それじゃ内緒ってことで」

 「ところで橘君、このあと暇?」

 「ええ、空いてますよ」

 「そしたらちょっと買い物につきあって貰えないかな」

 「僕でよければ」

 「うん、前からどうしようか迷っている服があってね。橘君ならしっかりとした意見が
 聞けるかなって」

 「それは責任重大ですね。やっぱり行くのやめようかな」

 「え、そ、そんなたいしたことじゃないよ」

 「でも、僕のセンスで対処しきれるかどうか……」

 「あ、それは大丈夫。この手袋をほめてくれた橘君ならきっと」

 「う、なんかハードルが上がったような……」

 「そんなことないって。ね」

 「……」

 「?」

 「……ぷぷっ。塚原先輩、すみません。ちょっと困らせてみただけです。先輩に誘われ
 て行かないわけないじゃないですか」

 「あ、え、うっ。も、もう、橘君、年上をからかうもんじゃないよ」

 「すみません。その代わりしっかりお伴しますから」

 「ふふ、それじゃあよろしくね」

 ……

 「これなんだ。ね、キャラじゃないでしょ? でもすごく気になってるんだ」

 「た、確かに普段の塚原先輩からはあまり想像できないようなデザインですね……」

 「うーん、やっぱり厳しいか。橘君の反応を見ているとそんな気がする」

 「森島先輩はなんて言ってたんですか?」

 「ああ、これははるかには見せてないんだ」

 「なぜですか?」

 「はるかのことだから…… 多分笑いをこらえながら”ひ、ひびき、試着してみたら”
 って言い出して、こっちが思い切って試着すると、お腹を押さえながら本気で笑いだ
 しかねないな」

 「そ、そうなんですか」

 「うん」

 「でも、確かに試着したところを見ないとなんとも言えないですね」

 「え!?」

 「特に僕は女性の服を選ぶのって慣れてないですから、こう、当てただけじゃ想像が
 つかないですよ」

 「で、でも、橘君、美也ちゃんの洋服選びとかつきあったりしないの」

 「しますけど、美也の選ぶのはどれも似たような物ばかりですから」

 「うーん、どうしようかな」

 「あ、試着室空いたみたいですよ」

 「え、あ…… ねえ、橘君。やっぱり着てみないとダメ?」

 「より確実なコメントをするためには」

 「うーん…… はぁ、わかったわ。着てみる」

  ……

 「ね、ねえ、橘君」

 「はい」

 「着替えてみたから見てもらえる?」

 「はい……って塚原先輩、もう少しカーテンを開けてもらわないとちゃんと見えない
 ですよ」

 「だって……」

 「はい?」

 「は、恥ずかしいし」

 「恥ずかしがっていたらコメントできないです」

 「う……、それじゃもうちょっとこっちに寄って」

 「はい」

 「ど、どうかな」

 「んー」

 「やっぱりキャラじゃない?」

 「んーー」

 「こ、強面には可愛すぎる?」

 「んーーー」

 「ね、ねえ、どうなの?」

 「いいじゃないですか」

 「え?」

 「年上の先輩にこう言うのもなんですけど、可愛いですよ」

 「ま、まじめにコメントしてる?」

 「してますよ。まじめに見て可愛いと思いますよ」

 「そ、そうかな」

 「ええ、塚原先輩の意外な一面が出せて、しかも可愛い。完璧じゃないですか」

 「そ、それは言いすぎなような……」

 「そんなことないですよ」

 「で、でも、結局これを買っても着る機会が……」

 「機会がなければ作ればいいんです」

 「機会がなければ、作る……」

 「そうですよ」

 「……そうだね、はじめから着るつもりもないのに気になる服なんてないものね」

 「ええ」

 「うん、わかった。この服買うことにするわ。もし着る機会がなかったら、その時は
 作るから、よろしくね。橘君」

 「はい。……って、ええ!? そ、それどういう……」

 「ふふ、なんでもないよ。ちょっと言ってみただけ。あ、でも、はるかの前では着る
 のをやめよう。絶対からかわれるから」


 悩んでいた服を買って塚原先輩は上機嫌で帰っていった。
 これも七咲の言う塚原先輩の可愛い一面と言うことなんだろうな。
 なんだか塚原先輩がすごく身近になった気がする。


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