アマガミ 響先輩SS「彼女の誕生日」



 10月も半ばを過ぎたころ。
 橘さんは、あるとても重要なことについて思いをめぐらせていた。
 

 「(そう言えば、そろそろひびきの誕生日だな)」

 「(どんなプレゼントを選べばいいんだろう……)」

 「(よし、勉強を教えてもらうついでにリサーチしてみよう)」


 週末、いつものようにひびきが橘さんの家庭教師をしに訪れていた。


 「うん、そこは消去法で答えを選べばいいと思うよ」

 「あ、なるほど」

 「選択肢が5つあるけど、1はこの部分について本文でまったく述べて
 いないから外して、3と4はここで断定的な表現を使っているから外して……」

 「とすると、2つになるから、あとはより本文の内容に合っているものを
 選べばいいってことか……」

 「そうだよ。だから答えは5」

 「ほんとだ」

 「こう言うのはパターンが決まっているから、それをつかんじゃえば大丈夫」

 「そっかあ」

 「ふふ、それじゃこっちの問題解いてみて」

 「はい」


 問題集に向かう橘さん。


 「……もう10月。あっという間だったな」


 そんな橘さんの姿を見つめながら、ひびきは誰に言うともなくつぶやいた。

 
 「はい、できました」

 「うん、正解。それじゃ、ちょっと休憩しようか」

 「うん」

 「センター試験の文系科目もなんとかなりそうだね」

 「ひびき先生が教えるの上手いから」

 「くすっ、おだててもなにもでないよ」

 「残念だなあ。それじゃ、休憩終わってから10問連続正解でごほうびって言うのは?」

 「そうだね……、本当に10問正解できたら考えようかな」

 「よーし、がんばるぞ」

 「ふふ、まったくもう」


 隙あらばひびきに甘え、ついでにいちゃつこうとする橘さん。
 それで勉強してくれるなら……と思うひびき。


 「……あ、そう言えば、ひびきの誕生日ってそろそろだね」


 聞こうと思っていたことを、頃合いを見計らって橘さんが切り出した。


 「うん」

 「なにか欲しいものある?」


 単刀直入、直球勝負、悩むだけ無駄と思ったようだ。


 「あ、プレゼントはなしでいいよ」

 「え!?」

 「私のプレゼントのことで君の気が散ったらまずいじゃない」

 「で、でも、それとこれとは……」

 「気持ちだけで十分だよ」

 「うーん……でも……」

 「そうだね……それじゃプレゼントの代わりにその日は私の買い物に付き合って
 くれるかな。うん、一緒にウインドウショッピングしたいな」
 
 「そ、そんなことでよければ。でもなあ……」
 
 「ふふ、私は君が一緒にいてくれるだけでうれしいんだ。だから、ね?」
 
 「うん……」


 プレゼントはいらないと釘をさされてしまった橘さん。
 でも、2人が付き合いだして初めてのひびきの誕生日だし、なにか形に残るものを
あげたい……と思うのが至極まっとうなところだろう。
 とは言え、ひびきがああ言う以上、なにか無理に渡しても嫌がるだけだと言うことも
よくわかっている橘さんは、


 「僕はどうすればいいんだ」


 と悩むのであった。


 誕生日当日。夕方。
 学校帰りの橘さんと大学帰りのひびきがいつもの商店街で待ち合わせを
していた。


 「あ、いたいた、ひびきせんぱーい」

 「ふふ、そんなに大声ださなくても大丈夫だよ」

 「あはは、ついうれしくて。誕生日おめでとう」

 「ありがとう。ふふ、はるか達と過ごす誕生日も楽しいけど、君と一緒の誕生日が
 こんなにうれしいなんて、思ってもみなかった」
 
 「そう言われると、なんだか照れちゃうな……」
 
 「くすっ、顔赤いよ」
 
 「そう言うひびきだって」
 
 「口に出してみると、結構照れるね」
 
 「そうだね」
 
 「それじゃ……」
 
 「行こうか」
 
 「うん」


 連れ立ってお店を見て回る2人。
 ひびきがいつにも増してうれしそうな顔をしている。


 「あ、見て見て、これかわいいね」

 「美也が言ってたキャラクターグッズだ」

 「さすが美也ちゃんだね。今度教えてもらわなくちゃ」

 「こっちのはどう?」

 「あ、それもいいね。ふふ、かわいいな」



 「へー、この冬はこう言うのが流行りなんだ」

 「ひびきは流行は気になるほう?」

 「はるかがファッションにうるさいから、付き合ってると自然とね」

 「それじゃ、今度僕の服を見てもらおうかな」

 「ふふ、そうだね」



 「ここはマフラーも手袋もいいのが揃ってるね」

 「あれ、このお店って……」

 「あ、うん、例の手袋と君のマフラーを買ったお店だよ」

 「他にも色々あるなあ」

 「ここはお気に入りなんだ」

 「なるほど、わかる気がする」

 「へー、この冬はこう言うのが流行りなんだね」

 「それも暖かそうだね」

 「うん」



 「えい、とう、たあ」

 「うわ、やられた」

 「手加減しなくてもいいよ」

 「してないよ」

 「そんなことないでしょ? 君が全力を出したらきっとかなわないよ」

 「そ、そうかな、あははは(なんか来るたびに腕が上がってる)」

 「たまに来るとゲームセンターって楽しいね」

 「たまじゃなくても楽しいと思うけど」

 「そうかもね。君を見てるとそんな気がする」



 「あ、そうだ、ここも……」

 「いぇ!? こ、ここも見るの?」

 「うん」

 「さ、さすがにランジェリーショップに僕が一緒に入るのはどうかな……」

 「前に、はるかと一緒に来たときにも入ったでしょ?」

 「あ、あれはその、引くに引けなかったと言うかなんと言うか……」

 「くすっ、それじゃまた今度だね」

 「次があるの!?」

 「ふふ」

 「そ、それじゃあ次までに研究しておかないと」

 「え? 研究?」

 「どれがひびきに似あうか。これは責任重大だ」

 「ほ、本気?」

 「もちろん。やはりここは資料を入手して、それを見ながら頭の中で……」

 「……ごめん。私が悪かった」



 「ちょっと一休みしようか?」

 「あ、それじゃジュース買ってくるよ」

 「ありがとう」

 「はい、アップル」

 「あ、これおいしいんだよね」

 「前に言ってたよね」

 「うん」

 「そう言えば、この辺だったな。覚えてる?」

 「うん、ここで迷子の子を見つけて、君が走り回ってその子のお母さんを
 探してくれて……」

 「そうそう」

 「思えば、あれがきっかけだったのかな」

 「え?」

 「ううん、なんでもない。あれからもうすぐ1年か……」

 「うん、そうだね」

 「……」

 「……」

 「日が暮れるのが早くなったね」

 「すぐに冬だね」

 「マフラーには、まだちょっと早いかな?」

 「手袋も、かな?」

 「ふふ」

 「あはは」


 商店街のベンチに座る2人が作る少し長めの影が冬が間近いことを告げていた。
 2人の目の前を、ちょっと気の早いマフラー姿の女の子が通り過ぎていく。


 「ね、このあとどこに行こうか?」

 「どこへでも。今日はひびきの誕生日なんだから」

 「ありがとう」

 「あ、そうだ、ほんのちょっとだけ待っててもらえる?」

 「え?」

 「すぐ戻ってくるからー」

 「あ、ちょ、ちょっと」


 なにかを思い出したように走り出す橘さん。
 ひびきが止める間もなく、建物の中へ。


 「はあ、はあ、はあ……。おまたせ」

 「急に走っていっちゃうからびっくりしたよ」

 「ごめん、これをひびきにって思って……」

 「え?」

 「誕生日プレゼント」

 「も、もう。プレゼントはいらないって言ったよね」

 「開けてみて」

 「うん……」

 「気に入ってもらえるといいけど」

 「あ……」


 橘さんの渡したプレゼントの包みから出てきたのは、淡いピンクのマフラーだった。


 「プレゼントをどうしようかって悩んだりはしてないから大丈夫。さっき、あのお店で
 ひびきがこのマフラーをじーっと見ていたから、それでこれにしようって決めたんだ」
 
 「……気づいてたんだ」
 
 「まあ、ね」
 
 「ありがとう。大事にするね」
 
 「うん」


 もらったマフラーをぎゅっと抱きしめるひびき。


 「それじゃ、早速巻いてみようかな……。ふふ、暖かい」

 「あ、あれ? これ、結構長かったんだ」


 ひびきが巻いてなお余るマフラーにとまどう橘さん。


 「うん、だってこれは……。えい」

 「うわっ」

 「こうやって2人でするためのものだから」

 「なるほど」

 「去年の君の誕生日の時に、ホントはこれの色違いをあげようと思ったんだけど、
 さすがに自意識過剰かなって思って、普通の長さにしたんだ」
 
 「だから、もう少し長ければ……なんだ」
 
 「え、それ聞こえてたの?」
 
 「うん、しっかり」
 
 「え、ちょ、ちょっとまって、ホントに?」
 
 「うん。あ、耳が真っ赤」
 
 「だって……」
 
 「ふふふ、ひびきはかわいいな」
 
 「もう……」


 赤くなった耳を手で押さえて隠そうとするひびき。
 その姿をにこにこしながら見ている橘さん。
 息がかかるくらい近い距離。
 その距離に気がついて、少し距離をとろうとして、でもマフラーのせいで
距離がとれなくてひびきのほほが赤くなっていく。


 「それで、これからどうしようって話だったっけ?」


 そんなひびきを見て、とりあえず話を元に戻そうとする橘さん。


 「うん。……ねえ。もう少しこのままでもいいかな?」

 「え? うん、いいけど……でも、寒くない?」

 「うん、大丈夫。このマフラー、すごく暖かいから」

 「それじゃ、気が済むまでいいよ」

 「ありがとう。ふふ、君と一緒の誕生日がこんなにうれしいなんて……」


 橘さんの肩にもたれて、ゆっくり目を閉じるひびき。
 当たり前のように彼が隣にいる幸せを、彼女は噛み締めていた。
 ひびきの19歳の誕生日は、それまでにない最上のものになったようだ。




 「……出る幕なし、みたいだね」

 「そうみたいですね」

 「あの2人、普段からラブラブなんだよね」

 「それで、これからどうしましょうか?」

 「うーん、そうでさぁねえ……」

 「それじゃ、向こうで大判焼きを食べながら考えようよ」

 「わお、美也ちゃんナイスアイデア」

 「チーズ入りがおいしいですよ」

 「美也はね、カスタード!」

 「私はなににしようかしら……」



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