アマガミ 響先輩SS「入学式のその後」



 駅前。
 塚原ひびきが着慣れないスーツを身にまとい、誰かを探していた。


 「橘君! こっちこっち」

 「ひびき先輩!」


 ひびきに向かって手を挙げる橘さん。


 「ごめんね。待った?」

 「今来たところだから、大丈夫ですよ」

 「そう、よかった」

 「……んー」

 「え、な、なに?」

 「いや、スーツ姿のひびき先輩って、ちょっと新鮮だなあって」

 「そ、そう? 似合ってる……かな?」

 「ええ、似合ってますよ」

 「ふふ、よかった」

 「普段の格好もあのかわいらしい服もいいけど、こう言うイメージに近い
 カチッとしたのもいいなって」

 「もう、ほめすぎだよ」
 
 「本心です。惚れ直しました」
 
 「あ、も、もう、またそうやってからかって」
 
 「そんなことないです。……あ、そうか」
 
 「え?」
 
 「スーツ姿だからすごく大人っぽいなって思ったけど、それだけじゃないんだなって」

 「ど、どのへんが?」


 じーっと、ひびきを見つめる橘さん。


 「ね、ねえ、どうしたの?」

 「リップ、きれいな色だね」

 「あ……、うん、これははるかが選んでくれたんだ。大学生にもなって
 ノーメイクはないでしょ、って」

 「森島先輩の見立てなら間違いないですね」

 「うん、あ、でも結構悩んだんだ。はるかが選ぶのはどれも私にとっては派手な色ばかり
 だったから。これだってどうしようかってしばらく考えたし」

 「かわいいですよ」

 「え? そ、そう?」

 「ええ、リップが」

 「もう」

 「怒ったところもかわいいな」

 「そうやって年上をからかわないの」

 「はは、すみません」

 「そうね。年上をからかうのはよくないと思うわ」

 「えっ」

 「え?」

 「入学式が終わってすぐに帰ろうとしたからどうしたのかと思ったら、なんだ、やっぱり
 この子と待ち合わせだったんだ。もう妬けちゃうなあ。この、このぉ」

 「森島先輩」

 「……はるかこそキャンパス探検するんじゃなかったの?」

 「そのつもりだったんだけどね。ひびきはすぐ帰っちゃうし、色んな人が声かけて
 くるから面倒になってやめたの」

 「どういうことなんですか?」

 「どうもこうも、高校時代と全く変わってないわ。入学式の前後だけで何人に
 声かけられたっけ?」

 「うーん、とりあえず5人くらい?」

 「ご、5人」

 「入学式で隣に座った子からもずいぶん熱心に話し掛けられてたよね」

 「うん、でも、つまんない話ばかりだったから退屈だったわ」

 「はるかにかかったら、ちょっと格好いい程度の男の子はかたなしだね」

 「そういうつもりじゃないんだけどな」

 「前から言ってるじゃない、一度くらい付き合ってみたらって」

 「それはそうかも知れないけど、なにか違うのよね……」

 「はあ、これじゃ高校の時とあまり変わらないキャンパスライフになりそうだね」

 「そ、そんなことないわよ。この子よりもずーーーっとかわいいワンちゃんを見つけて、
 ひびきをぎゃふんと言わせるんだから」

 「はいはい」

 「んもう、いいですよーだ。ひびきのいないところで彼を誘ってお茶したり
 買い物したりしちゃうんだから」

 「こーら、受験生を連れまわしちゃダメでしょ。そのくらい考えなさいよ」

 「ふーん、そう、彼が受験生だから連れまわしちゃいけないのね」

 「そ、そうよ」

 「なら、来年ちゃんと大学に合格したら、私の買い物に付き合ってもらっても
 構わないってことね」

 「え!?」

 「楽しみだなあ。来年の今ごろが」

 「ちょ、ちょっと、はるか」

 「も、森島先輩、来年のことを言うと鬼が笑いますよ。それに、僕が受かることが
 前提なんですか?」

 「もちろん!」

 「やれやれ、はるかにも困ったものね」

 「でもまあ、森島先輩らしいですね」

 「ふふ、そうだね」


 相変わらずのはるかの様子に、顔を見合わせて苦笑いのひびきと橘さん。


 「そう言えば、入学式の後にキャンパスのメインストリートで色んなビラが
 配られていたけど、ひびきはどんなのもらった?」

 「え……、ビラ? あ、うん、何枚かもらったけど」

 「ねえ、どんなビラ? 見せて」

 「そ、それは……」

 「大学って面白いですね。どんなのもらったか僕も興味あるな」

 「私は、テニスにスキーに…… わぉ、チアリーディングなんて言うのもあったわ」

 「ひびき先輩は?」

 「……あまり見せたくないな」

 「ビラくらいいいじゃない」

 「そうですよ」

 「う……ん、えーと、水泳部に剣道部にアーチェリー部、茶道部、陶芸部……
 あと自治会に生協」

 「な、なんか森島先輩とずいぶん路線が違う気が……」

 「そうなんだよね。そう言う風に見えるってことなんだろうな。ちょっとショックかも」

 「ま、まあ、高校の時の延長って思えば」

 「そ、そうよ。それに水泳部のビラはもらえたんでしょ? それなら問題ないじゃない」

 「そうだけど……」

 「あれ? なにか足元に落ちましたよ」

 「え?」

 「えーっと、三年生向け就職ガイダンスのお知らせ。ええ!?」

 「あ……それは見られたくなかったのに……」

 「ひ、ひびき先輩。とりあえずどこかでお茶しませんか?」

 「そ、そうね。それがいいわ。私も喉が渇いちゃったし」

 「……うん」

 「あ、ほら、この間一緒に行ったショップに新作のぬいぐるみが入ったって
 美也が言ってましたよ。そっちはどうですか?」

 「……うん」


 新入生とは思えないないしっかりと落ち着いた雰囲気だった、と言うことなんだろう。
 でも、まさか3年生と勘違いされるとは、さすがのひびき先輩でもショックだったみたいだ。
 テンションLOWになったひびき先輩を復活させるのは結構大変なんだよな。




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