アマガミ 響先輩SS 「夏休みの予定」



 夏休み初日。橘さん宅。

 ピンポーン
 

 「はいはいー」

 
 鳴らされた玄関のチャイムに美也がかけていく。


 「こんにちは。あれ、いつもより靴が多い気がするけど…… 今日は誰か遊びに来ているの?」


 美也が開けた扉の向こうには、夏らしく半袖のブラウスと薄地のスカートに身を包んだ
 ひびきが立っていた。


 「はい、逢ちゃんが……な、七咲さんが来ています」

 「くすっ、逢ちゃんでわかるからそんなにかしこまらなくても大丈夫だよ」


 くすりと笑うひびきを見て、照れくさそうに笑う美也。
 ひびきが美也の出してくれたスリッパを履いて階段を上っていく。


 「そっか、七咲が来てるんだ」

 「はい、一緒に夏休みの宿題をやっちゃおうって」

 「なるほどね」

 「お兄ちゃん、塚原先輩がきたよ」


 橘さんの部屋のドアを勢いよく開ける美也。
 美也は美也なりにひびきが来てうれしいようだ。


 「暑かった?」

 「塚原先輩、こんにちは」


 橘さんと七咲がそれぞれに挨拶する中


 「麦茶持ってくるね」


 と言うなりキッチンへ向かう美也。
 それを見てクスッと笑う七咲。


 「あ、お構いなく」


 と言ったひびきの声が聞こえたかどうか。
 美也の威勢の良さにちょっと苦笑いするひびきだった。


 「まったく美也は……」


 美也の態度をぼやく橘さん。


 「美也ちゃんは美也ちゃんなりに気を使ってるんですよ」


 取りなす七咲。


 「七咲の時には逢ちゃんがきたーって騒いだだけだったのに」

 「あ、私はいいんです……今日は塚原先輩が来るって聞いて押しかけただけですし」


 七咲はちょっとうつむき加減にそう言った。


 「七咲に会うのは二ヶ月ぶりね……。水泳部はどう? うまくいってる?」

 「あ、はい。大丈夫です」

 「そう。なら一安心ね」


 七咲の答えにうなずくひびき。
 ひびきはひびきなりに水泳部のことを気にかけているようだ。


 「さ、それじゃ始めましょうか」


 美也が麦茶を人数分持ってきて、橘さんの部屋で勉強会が始まった。
 学習机に橘さんが座り、小さなテーブルを出してそこに美也と七咲が夏休みの宿題を広げる。
 ひびきは机とテーブルの間を行ったり来たり。


 「ひびき先輩、ここの問題なんだけど……」

 「ちょっと見せて」

 「塚原先輩。あの、ここなんですが……」

 「ああ、そこはね」

 「だめだぁ、美也にはわかんないよー」

 「くすっ、どこで詰まったの?」


 時折、あー、とか、うーわかんない、と言う声が飛び交う中、ひびきが三人三様の疑問に答えていく。


 しばらくして、勉強に飽きたのか美也がメモ用紙になにやら書き始めた。


 ”紗江ちゃん、また大きくなったんだって”


 書いたメモを七咲に見せる美也。
 え? と言う顔をしてメモを見て、文面に釘付けになる七咲。


 ”……ちょっとうらやましいかも”

 ”そうだよね ”

 ”あ、でも大きすぎても困るかも”

 ”なんで? 大きいほうがいいじゃん”

 ”だって、大きすぎると抵抗が大きくなってタイムが……”

 ”あ、そっかぁ。水泳部は大変だね”


 こそこそと筆談をする二人の間にすっと入り込んでなにやら書き込むひびき。


 ”困るくらいに大きくなってみたいものね”


 突然のひびきの割り込みに驚く二人。
 そんな二人の顔を見てひびきはこう続けた。


 ”そう思わない?”


 その言葉に顔を見合わせる七咲と美也。そして……


 ”それは確かにそうですけど、塚原先輩だって十分なサイズじゃないですか”

 ”そうでもないわ。はるかと比べたらね”

 ”森島先輩、おっきいですよね”

 ”確かに大きいですね”

 ”そうだね。あれでまだ成長中って言うんだよ”


 ひびきの書いた言葉に息を呑む二人。


 「さっきからなにやってるんだ」

 「えっ?」

 「わっ」

 「な、なんでもないっ!」


 後ろから声をかけた橘さんにびくっとする3人。
 美也が慌てて筆談のメモを隠そうとする。


 「美也、なにを隠したんだ?」

 「お、お兄ちゃんには関係ないよ。ねーっ 逢ちゃん」

 「そ、そうです。それに、いきなり声をかけたらびっくりするじゃないですか」

 「え? ぼ、僕が悪いの?」

 「まったくもう、お兄ちゃんはいつもこうなんだから」

 「ええー!?」

 「ふふ、それじゃ勉強の邪魔をしちゃ悪いから、リビングに場所を移そうか」

 「さんせーっ」


 と言うが早く立ち上がる美也。
 七咲も美也に続いて立ち上がった。


 「そうね……。この問題とこの問題が解けたらリビングで休憩ね」

 「これと……これ? え、ちょ、ちょっと待って、これってすごく難しくない?」

 「そのくらい大丈夫。君なら解けるわ。それじゃ先にリビングに行ってるわね」

 「ちょ、ちょっと、ひびき先輩ーっ」


 心楽しい女子のひとときに土足で踏み込んだのだから、そのくらいですんで良かったと
思うべきなのかも知れない。


 「一刻も早く問題を解いてみんなのおしゃべりに混ざるぞー」


 動機はともかく、それから橘さんは黙々と問題に取り組み、ひびき達3人は文字通り姦しく
リビングでのおしゃべりに花を咲かせたのだった。

……

 「お、終わった…… どう? ひびき先輩。あってる?」


 しばらくしてよれよれの橘さんが階段を下りてきた。


 「お兄ちゃん遅ーい。お菓子なくなっちゃうよー」

 「あ、先輩の分は取り分けてありますから……」

 「ありがとう、七咲。七咲はやさしいなあ……」

 「いえ、その、取り分けようと言ったのは塚原先輩ですし……
  私は、このままだと美也ちゃんが全部食べちゃうなって思っただけで」


 橘さんの言葉に照れてうつむく七咲。


 「逢ちゃんも塚原先輩も、お兄ちゃんには甘いんだから」

 「あ、あのなあ、美也」

 「にしししし、それで問題解けたの?」

 「おう、ばっちりだ」

 「くすっ、その意気込みだと大丈夫そうだね」


 橘さんの鼻息の荒さを見て、思わず笑うひびき。
 つられて笑う美也と七咲。
 そんなに笑うこと? と呆れる橘さん。
 どうやら直前まで、箸が転んでもおかしいような状況だったらしい。


 「うん、うん、ふふ、すごいじゃない」

 「やったぁ」

 「へぇー。お兄ちゃんって頭良かったんだぁ」

 「み、美也ちゃんそこまで言わなくても……」

 「仲がいいから言えるのよ。ね?」

 「うんっ!」


 ひびきの言葉に満面の笑みを浮かべる美也。


 「親しき仲にもなんとかって言うと思うんだけどな……」

 「愛情表現なのだ。にしししし」

 「はあ……」

 「それじゃ、一休みしましょう」


 こうして、既になん休みしているかわからない女性陣に混じって、橘さんはようやくお茶とお菓子に
ありつけたのだった。


 「ねえねえ、逢ちゃんは夏休みにどこか行くの?」

 「え? ……私は水泳部の練習があるから、特には」

 「そっかぁ」

 「美也ちゃんはどこかに行く予定があるの?」

 「よくぞ聞いてくれました。おばあちゃんちに行くんだー」

 「そうなんだ。え? と言うことは先輩も一緒に行くんですか?」

 「にしししし、お兄ちゃんは留守番。受験生だもんね」

 「来年はおまえも笑ってられないんだぞ」

 「それは……そうだけど」


 橘さんの切り返しに美也が唇をとがらす。
 美也の百面相に微笑みながらひびきがフォローを入れた。


 「まあまあ。それで、結局ずっと予備校の夏期講習なんだっけ?」

 「うん、全部って訳じゃないけど」

 「受験生って、大変ですね」

 「まあね。でも目標があるからがんばりがいもあるよ」

 「ふーん、逢ちゃんの前ではそんな風に言うんだ」

 「い!?」

 「いっつも部屋で、うおーとかがおーとかなんでこんなー、とか叫んでるじゃん」

 「お、おい美也。尾ひれをつけてしゃべるんじゃない。二人が誤解するじゃないか」

 「嘘は言ってないよ」

 「う……」

 「そ、そうだ、塚原先輩は夏休みはどう過ごすんですか?」


 七咲がひびきに話を振る。


 「水泳部の練習と……あとはバイトとかはるかの相手とか」

 「どこかへ出かけたりはしないんですか?」

 「出かけると言えば…… あ、水泳部の合宿があるわ」

 「どこで合宿なんですか?」

 「えっと……どこだったかな、毎年高原のホテルの近くにあるプールを借りてるって聞いたんだけど」

 「高原で合宿なんだ。すごーい」

 「行ってみないとわからないけどね」


 そう言ってひびきは麦茶を口にした。


 「そう言えば、お兄ちゃんも合宿があるって言ってなかったっけ?」

 「うん、ちょうど美也がおばあちゃんちに行ってる間に予備校の合宿があるよ」

 「夏期講習だけではなくて、合宿もあるんですか……」

 「医学特進コースだから、そのくらいしないと勉強量が足りないってことらしいよ」

 「そうなんですか……」

 「合宿はどこに行くの?」

 「はは、それがどこかよく知らなくて。とりあえず予備校前に集合すればバスで連れて行ってもらえるみたい」

 「どこに行くかわからないの? もう、これだからお兄ちゃんは」

 「ふふ、どのみち泊まるところに缶詰だから行き先は関係ないかもしれないね」

 「きっと朝から晩までどこかの部屋で講義なんだろうな…… はあ、ちょっとだけ憂鬱だな」


 ため息をつく橘さん。
 わかる、その気持ちはよくわかる。
 と、その時橘さんの視線の先あたりで美也がパシンと手を合わせた。


 「……み……や?」


 あっけにとられたような顔の三人。


 「え?」


 三人の反応を見て固まる美也。


 「だ、だってほら、ため息をつくと幸せが逃げるって言うから」


 手と手を合わせたまま照れ隠しのようにその手を振り回す。


 「ふふ」

 「はは」

 「クスッ」


 その微笑ましさに笑い出す三人。


 「な、なんで笑うの? 美也、なにか変なことした?」


 美也だけがなぜみんなが笑っているのかわからず、顔を赤くして手を振り回していた。

……

 それからまた、橘さんは机に向かい、美也と七咲はテーブルで夏休みの宿題に取り組み、
ひびきは3人の間を行ったり来たり。
 あっという間に時間が過ぎていった。


 「もうこんな時間。それじゃ、私はこの辺で……」


 時計に目をやった七咲が帰り支度を始める。


 「あれ、逢ちゃんもう帰っちゃうの?」

 「うん、夕飯作らないといけないから。郁夫がお腹空かせてるだろうし」

 「じゃあ、そこまで一緒に行こうかな。私も商店街によりたいから」

 「え、塚原先輩も?」

 「ごめんね、美也ちゃん。ちょっと探したいものがあるの」

 「よーし、美也もついて行こうっと!」

 「お、おい美也。おまえまで行くことはないだろう」

 「だって、今日の夕飯の買い物、まだしてないもん」

 「え……今日の夕飯は美也が作るのか?」

 「うん! お母さんによろしくって頼まれたよ」

 「そ、そうなのか……」

 「すっごくがんばるから期待しててね。にぃに」

 「ゆうはん、たのしみだなぁ……」


 張り切る美也の向こうでがっくりと肩を落とす橘さん。
 そんな橘さんをよそに、三人は今日の夕飯をなににしようかと盛り上がるのだった。



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