アマガミ 響先輩SS 「例えばこんなクリスマスデート(完全版)」



 学校からの帰り道。
 塚原先輩の部活が終わるのを待って、一緒に駅まで坂道を下っていた。


「塚原先輩」

「なに?」

「昨日、商店街でゲームを買ったら福引券をもらったんです。良かったら一緒に引きませんか?」

「へえ、年末大福引き大会……。ふふ、面白そうだね」

「一等は海外旅行みたいですよ。ハワイかあ、暖かそうだな」

「くすっ、なんだかもう当てた気分だね」

「当たると思って引けば、きっと当たりますよ」

「そうかもね。……あ、二等はネズミの国の招待券なんだ」

「あ、ほんとだ。これでもいいですね」

「そうだね」


 商店街の福引コーナーにはちょっとした人だかりができていた。
 先輩と2人で列に並ぶ。
 2回引けるから、僕と先輩とで1回ずつ引くことにした。


「よーし、いくぞーっ」

 ガラガラ〜〜コロン。

「残念でした。残念賞はこちらのお菓子から好きなのを選んで下さい」

「とほほ……」

「ふふ、それじゃあお菓子よりはいいものを当てないと……。えいっ」

 ガラガラ〜〜〜〜ころん。
 カラン〜カラン〜カラン〜カラン〜

「え!?」

「おめでとうございます! 二等のネズミの国ペアチケットが出ました!!」

「塚原先輩、すごいじゃないですか!」

「ま、まさか本当に当たるなんて」


 福引の興奮を冷まそうと、僕と先輩はドーナツショップで一息ついていた。


「いやー、でも本当にすごいなあ」

「た、たまたまよ。それより、はい、これ」

「え?」

「え?って、この福引券は元々橘君のものだから。私は引いただけだよ」

「でも、引き当てたのは先輩だから、先輩のものですよ」

「……そこで、はいそうですかって受け取るわけにはいかないでしょ?」

「そうかもしれないですけど……、これペアチケットだし分けることできないじゃないですか」

「あ、そうか。ペアチケットか。……そ、それじゃ橘君、2人で一緒に行かない?」


 塚原先輩はチケットを見ながらちょっと控えめな大きさの声でそう言った。


「は、はい。もちろん。でも僕でいいんですか?」

「うん、元々これは君の福引券で当てたんだから」

「わかりました。それじゃあ、いつ行きます? 確か期間限定でしたよね」

「うん、クリスマスイブとクリスマス限定……。イブは創設祭で屋台を出さないといけないから
ちょっと厳しいな」

「それじゃ、クリスマスですね。創設祭の次の日だけど大丈夫ですか?」

「うん、片付けはその日のうちにしちゃうから、予定は空いてるよ」

「疲れてたりとかしませんか?」

「大丈夫。橘君、創設祭の屋台手伝ってくれるんでしょ?」

「ええ、そのつもりです」

「なら、疲れているのはお互い様よ」

「はは、そうですね」


 創設祭は無事に終わり、明けた次の日に約束どおり僕と塚原先輩はネズミの国に来ていた。


「美也からもらった情報のとおりですね」

「そうだね。開門前からすごい人」

「開門と同時にダッシュする人が結構いるみたいですよ」

「ふふ、すごいね」

「そろそろ開門時間ですね」


 アナウンスの声とともに、ゲートが開き、入場が始まった。


「ね、どこからまわろう……きゃっ」

「塚原先輩!」


 ゲートをくぐった直後に、後ろから来た人の波に飲み込まれた。
 ちょうど、キャラクター達が出てくる時刻だったらしい。
 人の流れに流されていく塚原先輩を懸命に追いかけて、人並みをかき分けてなんとか
はぐれないですんだ。


「……すごいね」

「そうですね……クリスマスだからかな」

「とりあえず、どこへ行く?」

「そうですね。えーっと、この辺とこの辺は混雑するって言ってたから、こっちにしますか?」

「そうだね」

「まあ、比較的空いているとは言っても、さっきみたいなのが来たらどうしようもないですけど」

「……」

「塚原先輩?」


 ちょっとうつむき加減の塚原先輩が、僕の左手の袖口をキュッとつかんでいた。


「こ、こうすれば、はぐれないかなって」

「……そうですね。」


 そんな、ちょっと子供っぽい、普段とは違う塚原先輩を見て、素直にかわいいと思った。


「じゃあ、まずこのアトラクションに行きましょう」

「うん!」


 アトラクションはどれも平均1〜2時間待ちだった。


「くすっ、ここっていつもこうだよね」

「そうですね。もっとスムーズに乗れるといいんだけどな」

「待ち時間も楽しみのうちだよ」

「はは、そうですね……それじゃ、こんな話聞いたことあります?」


 こんな風にアトラクションの待ち時間を楽しんだり、ちょっと大きめなハンバーガーを二人で
ほおばったり、キャラクターグッズの並ぶショップでウインドウショッピングを楽しんだりした。


「……つ・か・は・ら先輩」

「……あ」


 ウインドウショッピングの最中にちょっとトイレに行って戻ってきたら、塚原先輩が
キャラクターの耳がついたカチューシャをじーっと見ていた。
 なんだかすごく真剣そうに見えたから声をかけずにいたら、そーっと手を伸ばして
そのカチューシャをとってしげしげと見た後、頭の上に……


「似合ってますよ。それ」

「ひっ。い、いつから見てたの」


 塚原先輩の顔が見る見る赤くなっていく。


「それに手を伸ばすくらいから」

「も、もう、黙って見てるなんて……」

「だって、すごく真剣な顔をしてたから」

「……こう言うかわいいのは結構好きなんだけど、ほら私は見てのとおりの強面だから
いつもは似合わないと思ってやめちゃうんだ。でも、ここなら私がこれをつけてても
そんなに浮いたりしないかなって……」

「塚原先輩。僕はいいと思いますよ」

「え?」

「せっかくネズミの国に来たんだから、それっぽくしなくちゃ。……ほら、似合ってます?」


 僕は塚原先輩と同じカチューシャをとると自分の頭にそれをのせて見せた。
 自分のキャラじゃないことはわかっていたけど、塚原先輩とおそろいならそれで構わない
と思った。


「これ買って、つけて歩きませんか? もちろん先輩だけじゃなく僕もつけますから」

「くすっ、そうだね。せっかくここにきたんだもんね」


 まるで恋人同士のようにおそろいのカチューシャをつけて、僕達は園内を歩いた。
 気のせいかもしれないけど、横を歩く塚原先輩の足取りがなんだかいつもよりも軽いような気がした。


「そう言えば、さっきから人がこの辺に集まってきているけど、なんだろう?」

「ああ、夜のパレードの場所取りだと思いますよ」

「パレードの場所取り? でもまだパレードまでは時間があるよね?」

「今から場所をとらないと見れないくらいすごいってことじゃないですか」

「そっか、どうしよう? 私達もこの辺に場所を取る? でもそうすると他のアトラクションに
行けなくなっちゃうね」

「クリスマスの目玉の一つみたいだから、今日はパレードを見ませんか?
あ……でも帰りが遅くなっちゃうか……」

「くすっ、家には遅くなるって言ってきたから大丈夫だよ」

「そう言うことなら、この辺に陣取りましょうか」

「うん」


 それからしばらく、塚原先輩と色々とりとめのない話をして過ごした。
 アトラクションの待ち時間にもたくさん話をしたのに、話題に困ることはなかった。
 クラスの話、森島先輩の話、水泳部の話、美也の話、ゲームの話。
 そんな端で聞いたらどうでもいいような話も、僕達にとっては楽しいものだった。
 ちょっとお腹が空いてキャラメルポップコーンを買ってきたり、喉が渇いたから飲み物を
買いに行ったりしているうちに日は西に傾き、気が付けばもうすっかり辺りが暗くなっていた。


「真っ暗だね。ちょっと怖いくらい」


 塚原先輩はそう言って、さっきと同じように僕のシャツをキュッと握った。


「あ、そろそろパレードが始まるみたいですよ。ほらあっち」

「あ、なにかこっちにやってくるね」


 暗闇の向こうから現れる、光の粒。
 それがパレードの始まりだった。
 パレードを見ようと、周囲の観客が立ち上がる。


「立たないと見えなくなっちゃうね。あっ」

「塚原先輩!」


 一緒に立ち上がろうとしてバランスを崩して倒れそうになる塚原先輩。
 先輩を助けようとして思わず抱きしめるような格好になった。


「大丈夫ですか」

「……うん……大丈夫。ありがとう」

「いえ……」


 塚原先輩がバランスを取り戻したのを確認して、手に込めた力を緩める。


「……」

「ほ、ほらもう目の前まで来てますよ」

「……あ、本当だ」


 クリスマスアレンジされたネズミの国のテーマ曲がパレードのフロートから流れ、
周囲の雰囲気を盛り上げていく。


「わあ、きれい……」

「そうですね」


 次から次へと途切れることなくやってくるパレードの列。
 数え切れない数の光が押し寄せては通り過ぎてゆく。


「あ、こっちに手を振ってくれた」


 子供のようにパレードに手を降り返す塚原先輩。
 これがあのクールでちょっと取っつきづらい塚原先輩だと誰が思うだろう。


「パレード、きれいだね。ふふ、これにはまっちゃう人が大勢いるのがわかる気がする」


 パレードのきらびやかな明かりがひびき先輩の顔を照らし出す。
 先輩の子供みたいに無邪気でうれしそうな顔を見て、僕はつい「先輩のほうがきれいですよ」
なんて安い恋愛小説のセリフを言いそうになった。
 でも、塚原先輩の横顔は、そんなセリフじゃ表現できないくらいきれいで、だから僕は
何も言い出せなくて、じっと先輩の顔を見つめていた。


「橘君、今日はありがとう。君のお陰ですごく楽しかった。ここがこんなに楽しい場所なんだって、
パレードがこんなに素敵なんだって、何度も来ているはずなのに気づかなかったな。本当にありがとう」

「そ、そんなことないですよ。あの福引を先輩と一緒に引いたから、ここのチケットが
当たったわけだし……」

「縁……なのかもね。それじゃあ、あの福引に感謝しないと。こんなに楽しいのはきっと
君が一緒にいるからだと思う」

「そ、そうですか?」

「うん。それこそ、縁だと思うんだ。君と一緒に福引を引いたらここのチケットが当たった。
そのチケットで君と一緒にここに来たらこんなに楽しかった。全部、君が一緒だったから」

「そう言ってもらえるとうれしいです」

「……ね、橘君。前にはるかとは付き合っているわけじゃないって言ったよね?」

「ええ」

「七咲ともそう言う関係じゃないって」

「はい」

「そっか。それじゃもうあれこれ気にしなくてもいいのかな」

「え?」

「……橘君」

「はい」

「私……、私、君のことが好き。今日、一緒にここに来てわかった。一緒にパレードを見てわかった。
私は……君のことが好きなんだって」

「塚原先輩……」

「あ、ご、ごめんね。君の気持ちも考えないで一方的にこんなこと言っちゃって」

「そんなことないですよ。だって」

「だって?」

「僕も、僕も塚原先輩のことが好きですから」

「……よかった。なに勘違いしてるんですかって言われたらどうしようかと思った」

「そんなこと言わないですよ。僕のほうこそ、好きだって言われるのはうれしいけど君は後輩だし
ちょっと頼りないから、って言われたらどうしようって思って今まで言い出せなくて……」

「そんな、頼りないなんて思ってないよ。今日だってそう、十分頼りになるじゃない」

「塚原先輩」

「橘君……。ね、手をつないで欲しいな」


 先輩がそっと伸ばした手を僕はナイトのようにひざまずいて受け止めた。
 そんな芝居がかった仕草も、ここでは許されるんじゃないかって思った。
 パレードの照明を受けて辺りがまるで夕焼けのようにオレンジ色に染まる。
 先輩は照れくさそうに微笑むと、僕の手をぎゅっと握り締めた。
 まるで、もう離さないと言っているかのようにぎゅっと握って離そうとしなかった。



 こうして私達はクリスマスの日を境に後輩と先輩から、彼と彼女の関係になった。
 あの日、彼の手を握った私の手を彼はしっかりと握り返してくれた。
 ぎゅっと握り締めた手をいつまでも、ずっとずっと離さないでいたいと思った。
 不安がないと言えばうそになる。
 彼は女の子達に人気があるし、私はこのとおりの強面だし、釣り合いが取れないんじゃ
ないかって思うこともある。
 でも、彼の手のぬくもりを信じて歩いていこうと思う。
 彼と一緒なら、素直な自分でいられる気がするから。



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 このお話は、ひびきスレに一部分だけアップしたお話の完全版です。
 スレで舞浜ネズミの国の話題が一瞬出たので、舞浜でネズミの国でパレードで……
と妄想を巡らせた結果、クリスマスデートの話ができあがりました。
 舞浜ネタに食いついたのは、最近梨穂子の中の人がお気に入りだからです(マテ
 このまま一緒にオレンジに染まって〜♪


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