アマガミ 響先輩SS 「上機嫌な歌姫(?)」



 「はあ……。あんな約束しちゃったけど……」


 帰り道。
 最寄り駅で電車を降り家へと向かう道すがら、塚原ひびきは何度目かのため息をついた。


 「……さすがに安請け合いしすぎかな」


 いつもとは違う、ちょっと自信なさげな面持ち。
 ひびきにしては珍しいことだ。


 「でも、すごくうれしそうだったし、今更、やっぱりなし、なんて言えないよね……」


 ふぅ、と軽く息を吐いたひびきは足下に向いていた視線をくっとあげた。


 「うん、やれるだけやってみよう」



 その日、ひびきは橘さんと買い物をしていた。
 要するにデートなのだが、受験生である橘さんの勉強のことを考えると毎回毎回どこかに
遊びに行くわけにもいかず、でも彼/彼女に会いたいと思うのはつきあい始めてまだ日が浅い
カップルならば当然のこと。
 折衷案として休日の数時間だけウィンドウショッピングしてお茶を飲んで……と言うお手軽デートが
二人の定番となっていた。


 「え? おいてけぼり?」

 「うん、そうなんだ。僕は受験生だから留守番だって」

 「そうなんだ」

 「カップラーメンとコンビニ弁当でなんとかしろ、だって」

 「2、3日だからそれで済むかもしれないけど、でも三食ともカップ麺って言うのは……」

 「僕は料理できないから、はは、しかたないよ」

 「……」


 心の中で葛藤し自問自答を繰り返すひびき。
 「ご飯作りに行こうか?」と一言言えればそれで済むのに、自分にはそのスキルが足りない。
 どうすれば、どうしよう。


 「……ひびき?」

 「ね、ねえ。あの、もしよかったら……」

 「うん」

 「わ、私がご飯を作りに行こうか? た、大したものは作れないけど、それでもカップ麺よりは
 ましだと思うから」

 「ほ、ほんとに! うわ、やった」

 「……料理は得意じゃないから、あんまり期待しないでね」

 「ひびきが作ってくれるなら、おいしいに決まってるよ」

 「……う」

 「来週が楽しみだな」

 「…………う」

 「よーし、元気が出てきた。勉強がんばるぞ」

 「わ、私もがんばろう……料理」


 自分から言い出したとは言え、引くに引けなくなったひびきはそれから一週間、
母親に冷やかされながらも料理本片手に台所で奮闘するのであった。


 ……


 週末。橘家。台所。
 ひびきが料理を作っていた。
 彼の家で料理を作る、そのシチュエーションのせいで普段の姿からは想像できないくらいに、
ひびきはいっぱいいっぱいになっていた。
 当然鼻歌なんて歌う余裕もなく、母親にもらったアドバイスを忘れずにするのが精一杯。


 「おまたせ」


 ひびきが料理を並べ始める。
 食卓に並んだ品々を見て、リビングで暇そうにテレビを見ていた橘さんの目の色が変わった。


 「口に合うといいけど……」


 テーブルの上には、ハンバーグ、ポテトサラダ、きんぴらゴボウ、豆腐とわかめの味噌汁。
 口直しにきんぴらゴボウを入れたのはひびきの母親のアイデアだ。


 「うわ、おいしそうだなあ。それじゃあ、いただきまーす」


 胸のあたりでパチンと手を合わせて食べ始める橘さん。
 まずはハンバーグ、次にご飯、その次は味噌汁……。
 パクパクパクパクといいペースで食べ進める。
 そんな橘さんを固唾を飲んで見守るひびき。


 「……ふぅ、ご飯おかわりもらえる?」


 あっという間にご飯を一膳平らげた橘さんはひびきにお茶碗を差し出した。


 「うんっ」


 その様子にひびきがほっとした表情を浮かべる。


 「ありがとう。あれ、食べないの?」

 「え、あ、うん、君の食べっぷりに見とれてた」

 「え? そんなにがっついてた?」

 「ううん。でも、すごい勢いで食べてるなって」

 「そりゃあそうだよ。お腹空いてたし」


 なんだお腹が空いていたからなんでもおいしく感じたんだ、とちょっと凹むひびき。


 「それに、すごくおいしいから」

 「え……」

 「なんでびっくりしたような顔をしてるの?」

 「だって、すごくおいしいって」

 「うん、ハンバーグもポテトサラダもきんぴらもお味噌汁も、どれもすごくおいしいよ」

 「ホントに?」

 「うん」

 「……よかった」


 心底からほっとした様子のひびき。
 とたんにお腹が 「く〜〜」と音を立てた。


 「あ……」


 ひびきの顔が真っ赤になる。
 緊張で空腹を忘れていたのだ。


 「ひびきも食べなよ。冷めちゃうよ」

 「うん」


 橘さんは余分に作ったハンバーグも平らげ、お味噌汁もおかわりし、もうお腹いっぱいで
食べれないと笑っていた。
 つられて笑うひびき。
 ほんのちょっとだけ涙がにじむ。
 この一週間が報われた瞬間だった。


 ……


 「じげっんのかべこえ〜てぇ〜 いつっでもあいにゆぅ〜くぅ〜♪」
 
 「ここっろの じゅんびぃ〜を〜 ちゃんとしぃ〜てぇ〜おいてねぇ〜♪」


 夕食後、ひびきが上機嫌で食器を洗っていた。
 準備に準備を重ね、気合いに気合いを入れて作った料理の評判が良かったのだから、歌の一つも
出るというものだろう。


 「きみのこぉと だれよりも わかぁってる だから わたしにまかせて
 こぉわがらないで ふたりで おどりましょっ るっかるっかないとふぃーばー♪」

 「うん、いいよ。なにを踊ろうか?」

 「え!?」


 洗い物をするひびきの背後に、いつの間にかにこにこ、いやにやにやした顔の
橘さんが立っていた。
 驚くひびき。
 彼はリビングでテレビを見ていたはずだ。
 橘さんと目があって、ひびきのほほが見る間に朱に染まっていく。
 まさか、ノリノリで歌っていた今の歌を聞かれていたとは、さすがのひびきも気づかなかったようだ。


 「なんか楽しそうに洗ってるなあ。そう言う姿もいいなあ」

 「い、いつから見てたの?」

 「歌を歌い始めたくらいから」

 「だったら声をかけてくれればいいのに」

 「だって、すごく楽しそうに歌ってるから、邪魔しちゃ悪いなって思って」

 「そ、それは浮かれもするわよ……」

 「なんで?」

 「……ほめて、もらえたから」

 「え?」

 「君にほめてもらえたから。苦手だと思っていた料理で『おいしい』って言ってもらえたから」

 「あ……なるほど」

 「もう……」

 「おいしかったよ」

 「え」

 「何度でも言える。おいしかった。苦手なんてそんなことないよ。また食べたいな」

 「ほんとに?」

 「うん。だからおかわりたくさんしたじゃないか」

 「……うん」

 「すごくおいしかった」

 「……もう、そんなにおいしいを連発されるとありがたみが薄れちゃうよ」

 「そんなことないよ。これからだって何度でも言うよ。ずっとずーっと、ひびきが料理を
 作ってくれるなら」

 「ありがとう。うん……またがんばってみるね」

 「うん」


 ひびきの手料理をごちそうになった橘さんは終始ご機嫌だった。
 橘さんの言葉に気をよくしたひびきは、それから機会があるごとにご飯を作っているらしい。
 おいしいからつい食べ過ぎちゃって体重がピンチと言うのが橘さんの目下の悩み。


 「……次作ってもらうチャンスはいつかな。そのときはこのフリフリなピンクのエプロンを
 着てもらって、恥ずかしさに身悶えるであろうひびきの姿をこの眼に」


 ……なんだか色々と企てているようだ。

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このお話は某所ひびきスレの
 「ぼーかろいどひびきちゃん」→ 「自室でノリノリで歌うひびきちゃんに萌える」→
 「一人で楽しそうに歌いながら家事しているひびきちゃんを目撃しよう 
目があって、顔が一瞬で朱に染まる姿を堪能しよう」という流れを受けて書いてみたものです。
こちらに収録するに当たって加筆修正と前段(前振り?)を追加しました。
作中でひびきちゃんが歌っているのは 「ルカルカ★ナイトフィーバー」と言う
ボーカロイド「巡音ルカ」曲で、ルカの中の人=ひびきちゃんの中の人、と言う
つながりが下敷きになっています。



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