アマガミ 響先輩SS 「カレーソースは死の香り」



 はるかとひびきが薫のバイトするファミレスでカレーを食べた数日後。
 同じ店の入り口に橘さんとひびきの姿があった。


 「よし、いざ勝負だ」

 「ふふ、気合い入りすぎだよ」

 「たのもー」

 「いらっしゃいませーっ。あ、きたきた。待ってたわよ……って、あれ?」


 勢いよく扉を開け中に入った橘さんを、ほぼ 「あうん」の呼吸で出迎える薫。
 その薫が橘さんの横に立つ人影―ひびきの姿に一瞬固まる。
 

 「こんにちは」

 「こ、こんにちはっ」


 さすがにひびきが一緒にくるとは思っていなかったらしい。
 明らかに慌てている。
 橘さんはこの瞬間に 「勝った」と思った。

 ”先手必勝。先ずは薫の出鼻をくじいたぞ”

 と一人ほくそ笑む橘さん。


 「ちょ、ちょっとどういうこと?」


 橘さんに近づき、小声で話しかける薫。


 「どうもこうも、たまたま塚原先輩と一緒になっただけだよ」

 「たまたま?」

 「そう、たまたま帰り道で一緒になって、塚原先輩も甘いものを食べて帰るって言うから、
 じゃあ一緒に行きましょうって意気投合したんだ」

 「ふーん……そう」

 「なんだ? 塚原先輩がいたらなにかまずいのか?」

 「別に。で、勝負はどうするの? 仲良く二人でシャイニングラバーズパフェでも食べる?」

 「まさか。僕は薫と勝負しに来たんだ。塚原先輩は付き添いだよ」

 「へー。あ、そう……。うん、まあいいわ。なら、勝負よ」

 「もちろん」



 その日の昼。
 薫と橘さんがいつもの軽いジャブの応酬をしていたときのこと。
 薫が思い出したように、今バイト先でカレーフェアをしている、と言う話を始めた。


 「インドや東南アジアが中心なんだけどね。でも、とびっきりのメニューも用意してあるのよ」


 薫がいたずらっ子のように目を輝かせる。


 「とびきり?」

 「うん。ふふ、あんたなんかにはもったいないくらいのメニューね」

 「はあ、薫がそう言うんじゃろくな物じゃないな」

 「あらずいぶんね」

 「まあね。日頃のつきあいは伊達じゃないよ。で、どんなカレーなんだ?
 僕にはもったいないって言うくらいだからものすごいんだろ? ステーキがバーンと載ってるとか」

 「はあ、あんたの発想はそんなもの?」


 橘さんのオーバーアクションに、さも残念だというように肩をすくめてみせる薫。


 「うるさいな。もったいぶらずに教えろよ」

 「いいわ、特別に教えてあげる。並の男じゃ絶対に食べきれないくらい辛ーいカレーなのよ」

 「並の男じゃ絶対食べきれない辛いカレー……」

 「そう。まあ、あんたじゃ一口の半分も無理ね」

 「なにを」

 「実際に食べてみればわかるわ」

 「よし、全部食べて見せようじゃないか。食べきったらどうする?」

 「その時はカレーにデザートまでつけてごちそうしてあげるわよ」

 「その言葉に二言はないな」

 「もちろん。まあせいぜいお腹を空かしてきてね」


 とまあ、そんなこんなのやりとりがあり、橘さんはカレーを食べにやってきたのだった。

 二人を手近な席に通し、メニューを渡す薫。
 そのメニューのカレーフェアの部分を食い入るように見つめる橘さん。


 「で、どれなんだ? そのカレーは」

 「まあまあ、あわてないあわてない。これよ」


 数日前にひびきとはるかを前にして薫が大きくバッテンをつけたメニュー。
 彼女をして「本当に死ねるから」と言わしめたそれに、薫は大きく丸を描いた。

 『インディアン風混ぜカレーwithデス』

 そこにはそんな物騒な名前と共に、あらかじめライスとルーを混ぜたカレーのサンプル写真が
載せられていた。


 「……なんだかすごそうだね」


 ひびきがちょっと驚いたような顔をした。


 「デスソースって言う、ものすごく辛い、ラー油なんか目じゃないソースがあって、
 それをふんだんに使ってるって話よ」

 「話よ、って。薫、おまえ食べてないのか?」

 「そりゃあそうよ。そんなスゴイの食べたらお腹の中がおかしくなっちゃうじゃない」


 当然でしょう? という感じの表情の薫。


 「食べてもいないものを人に食べさせようとするなよ」

 「それはそれ、これはこれよ。どうするの? 頼むの? 頼まないの?」

 「う……」

 「ここでやめたら男がすたるわよ。せっかく塚原先輩も来てくれてるのに。ね、先輩」

 「あ、私のことは気にしなくていいから。君が食べたいかどうかで決めればいいんじゃないかな」


 と、ひびきがフォローを入れるがおさまるわけもなく。


 「さあさあ、どうするの」

 「そこまで言われてやめるわけないだろう。インディアン風混ぜカレーwithデス、受けて
 立とうじゃないか」

 「そうこなくっちゃ。とびきり辛くするように頼んどくわね」

 「余計なお世話だ」

 「ふふ、それじゃしばらくお待ちください」


 薫は橘さんのカレーとひびきのケーキセットの注文を繰り返すと。
 笑顔でレジの向こうへ戻っていった。


 「なんだかとても辛そうだね」


 ひびきが数日前の薫の言葉と仕草を思い出しながらそう言う。


 「そ、そうですね」

 「実はこの前の日曜日にはるかとここに来たのだけど……」


 その時の話をするひびき。
 橘さんの顔が強ばっていく。


 「まいったな。これは本気で辛いかも知れない」

 「そうなの?」

 「ええ」

 「くす、すごいね」

 「え? なにがですか」

 「だって、ちょっとこの間の話をしただけで大体の状況を把握したみたいだから」

 「薫とは中学からの腐れ縁ですからね。あいつの考えていそうなことはわかりますよ」

 「ふーん、そうなんだ」

 「ええ。だから先輩達に今回のカレーを勧めなかったってことは、本気で辛いってことです。
 あいつバイトに関しては真剣ですからね。お客さんに合わない物を勧めたりはしませんよ」

 「……」


 橘さんの言葉に、やさしく目を細めてみせるひびき。


 「どうしたんですか?」

 「ううん、ちょっとうらやましいな、って」

 「え?」

 「そこまで理解してくれる友達って、同姓でもなかなかいないものよ」

 「そ、そんなことないですよ。塚原先輩にだって、ほら、森島先輩が……」

 「そうね、確かにはるかとはツーカーの仲ではあるけど……」

 「普段から薫とは学校でバカなことをやってますからね」

 「そう? それだけじゃないような気もするけど……」

 「それだけですよ。塚原先輩だって自分が気がついてないだけで僕が薫とするような
 やりとりを誰かとしてるんじゃないですか?」

 「私は……見ての通りの強面だから、そんなやりとりのできる相手はいないよ。残念だけどね」

 「塚原先輩」

 「え?」

 「自分のことを、強面だ、なんて言わない方がいいってこの前言ったじゃないですか」

 「あ、そ、そっか。そうだったね。ごめん」

 「僕は、先輩が強面だなんて思ってませんよ」

 「……うん」

 「僕に言われてもうれしくないかも知れないけど、もっと自信持っていいと思いますよ」

 「……うん。ごめん」


 心なしかほほを赤らめるひびき。
 そんなひびきの変化をわかっているやらいないやら、橘さんが言葉を続ける。


 「謝られても、困ります」

 「……そうだね」

 「森島先輩や七咲とのやりとりを見ていれば、塚原先輩がどんな人かわかるはずです」

 「そう……かな」

 「ええ、友達に対しても後輩に対しても面倒見が良くて、ほら、今日だって僕に付き合って
 くれてるじゃないですか」

 「それは、その……誘ってくれたのが君だから。面白そうだなって思って」

 「え、あ……、そ、そうかも知れないですけど、その、と、とにかく塚原先輩なら
 今はいなくてもいずれ必ず、その……」

 「……くす、うん、ありがとう。橘君」


 精一杯自分をフォローしてくれようとする目の前の後輩。
 そんな後輩は滅多にいないだろうな、とひびきは思うのだった。


 「おまたせー。あら、純一。あんたなにいい雰囲気作ってるのよ」

 「いい雰囲気って……僕は純粋に塚原先輩の良いところを」

 「見ようによっちゃ口説いてるのと一緒よ、それ」

 「そ、そんなことないよ……ってどこから見てたんだ?」

 「と、とにかく、ってあんたが言ったところから」

 「だったらもっと早く声をかけろよ」

 「だって、悪いじゃない?」


 ニヤニヤしながら橘さんをからかう薫。
 こんなときどんな風に取りなせばいいかわからず ”ああ敵わないな” と思いながら
ひびきは二人の会話を眺めていた。


 「悪いもなにも、ちゃんと仕事しろよ」

 「空気を読むのも大事な仕事よ? カップルの会話が盛り上がっているところに割り込んで
 その場の雰囲気台無しになったらまずいじゃない」

 「う……そう、なのか?」

 「そうよ。これでも結構気を使うのよ」

 「ふふ」

 「え?」

 「ど、どうかしました?」

 「ううん、ごめんね。本当に仲がいいんだなって思って」

 「そ、そんなことないですよ。今だって薫が黙って料理を置いていけばこんな風には」

 「あら、ずいぶんね」


 そして始まる二巡目。


 「まあいいわ。はい、インディアン風混ぜカレーwithデス、お待たせしました」

 「待たせすぎだよ」

 「あんたは一言多いのよ」

 「ま、まあまあ」

 「今回のところは塚原先輩に免じて許してあげる」


 薫はそう言うと橘さんの前にカレーを、ひびきの前にドリンクとケーキを置いた。


 「はい、ケーキセットお待たせしました。ごゆっくりどうぞ」


 手をひらひらさせながら去っていく薫。
 橘さんは目の前に置かれたカレー皿を見つめていた。
 あらかじめライスとルーが混ぜられ、その上に生卵が載っているそのカレーは、
一見するとなんの変哲もない普通の混ぜカレーだ。
 しかし、橘さんの体内でアラームが鳴り響いていた。
 自信満々の薫の様子からすると、これは相当辛いらしい。
 どう手をつけたらいいか……。


 「……どうしたの? 冷めちゃうよ」

 「あ、はい、いえ、薫のあの様子だと相当辛そうだからどこから手をつけようかと思って……」

 「ふふ、そうなんだ」

 「ええ」

 「ねえ、混ぜカレーって食べ方があるのかな。私は食べたことがないんだ」

 「特にないですよ。もう混ざってますし。生卵をいつ混ぜるか、くらいですね」


 そう言うと橘さんは生卵を崩して混ぜ始めた。


 「さて、ではいざ…… いただきますっ」

 「くす、いただきます」


 大仰な仕草の橘さんを見て笑うひびき。
 橘さんは一気に攻めた方がいいと思ったのだろう、スプーンにそれなりの量の混ぜカレーを
載せると、ためらわずに口に運んだ。

 ぱく。
 ……。
 もぐもぐ……もぐ。
 ごっくん。


 「お、意外といける。あまり味がしない」

 「へー、予想が外れたね」

 「なんだ薫のやつおどかしやがって」

 「ふふ、よかったじゃない」

 「そうですね。よーし、一気に片付けるぞー」


 ぱく、ぱく、ぱく。
 もぐもぐもぐ。

 橘さんの食べっぷりを目を細めて見ているひびき。

 ぱく、ぱく、……ぱく。
 …………ぱく。

 橘さんの額にいつの間にか汗が浮かんでいた。


 「大丈夫? ペースが落ちてきたみたいだけど」

 「なんだか、口の中がぴりぴりしてきました。味がよくわからないな……」

 「水を一口飲んだら?」

 「そうですね」


 橘さんは手元の水を口に含んだ。


 「甘い!」

 「え?」


 水を飲んで目を丸くする橘さん。


 「これ、ただの水ですよね?」

 「うん、さっきと変わらないよ」

 「甘いんです。水が。ガムシロップを入れたみたいに」

 「そんなことって……」

 「本当です。なんなら飲んでみてください」

 「うん……」


 ひびきは橘さんのお冷やのグラスを手に取ると、中の水を一口口に含んだ。


 「なんにも変わらないよ。甘くないし、普通の水だと思うけど」

 「そ、そんなバカな。ガムシロップみたいに甘かったんですよ」


 ひびきからグラスを受け取ると、もう一度水を飲む橘さん。


 「やっぱり甘い」

 「どういうことなのかしら」

 「よくわかりません。でもとりあえずこれで続きを食べれそうな気がします」


 ぱく……ぱく……ぱく…………ぱく………………ぱく。


 「……どう?」

 「正直言って、痛いです。口の中が」


 これが死の味か、と橘さんは思った。


 「そんなに?」

 「ええ、口の感覚が段々麻痺してきた気がします」


 顔をしかめる橘さん。


 「……ね、一口もらっていいかな?」

 「え!?」

 「君がそんな顔をするくらいだから、よっぽどすごいんだろうなって思って」

 「い、いいですけど、辛いどころか痛いですよ」

 「うん、でも食べてみないとどれだけすごいのかわからないでしょう?」

 「それはそうですけど」

 「食べたら本当に水が甘くなるのかなって思ったんだ」

 「……後悔しても知りませんよ」


 橘さんはそう言うと、自分の目の前の皿をひびきの方へと押しやった。
 ひびきはケーキセットのフォークでカレーをすくうと、ほんの一瞬ためらってから
口の中へ入れた。
 固唾を呑んで見守る橘さん。


 「んっ、こ、これ確かに口の中がピリピリするね」


 口元を手で押さえ目尻に涙を少しためたひびきがそうつぶやいた。


 「でしょう? だからもうやめておいた方がいいですよ」

 「そうだね……」


 そう言ってひびきは自分のお冷やに手を伸ばし、水を口に含んだ。


 「え!? ……確かに甘く感じる」

 「そうでしょ?」

 「うん、不思議だね。はあ…… 辛い」


 口を開けちょろっと舌を出したひびきが心底辛そうに言った。


 「あと4分の1くらいか…… はあ……」


 目の前の皿に残るカレーの量を見て、ため息をつく橘さん。


 「いや、ここで負けてなるものか」


 そう言うや、橘さんはスプーンにカレーを載せ口に運び出した。
 既に玉のような汗が額に浮かんでいたが、その汗がさらに大きくなる。


 「……ふふ、がんばれ」


 ひびきは席から立ち上がると、自分のハンカチで橘さんの額の汗をぽんぽんと軽く
叩くように拭った。


 「塚原先輩……」

 「ご、ごめんね。汗が目に入りそうだったから」

 「い、いえ。……ありがとうございます」

 「がんばってる君に、これくらいしかできないけど」

 「いえ、気持ちだけでもうれしいです」

 「そう? よかった」


 橘さんの反応に、ちょっと安心したようにくすっと笑うひびき。
 それまでにも増して食べる速度を上げる橘さん。
 さらに残ったカレーは徐々に姿を消し、そして……


 「ふーーっ、食べきったぞー」

 「おめでとうー」


 橘さんの食べる姿を、両手を握り身を乗り出してみていたひびきは、橘さんのガッツポーズに
思わず立ち上がった。
 周囲に誰も居なければハイタッチの一つもしていたかも知れない。


 「へー、やるじゃない。まさか食べきるとはねえ」

 「どうだ、薫。この勝負、僕の勝ちだな」


 様子を見に来た薫が目を丸くする。
 橘さんは勝ち誇ったように胸を張った。


 「あ、でもこの勝負あんたの負けよ」

 「な、なんだって!? ほらこの皿を見ろ。ご飯粒一つ残らず食べたじゃないか」

 「確かにお皿にはなんにも残ってないわ。それは認める」

 「じゃあ、やっぱり僕の勝ちじゃないか」

 「負けよ。だって塚原先輩に一口手伝ってもらったじゃない」

 「え?」

 「ええーっ」

 「でしょ?」

 「そ、それは先輩が試しに一口食べたいと言ったからで、別に手伝ってもらうつもりは」

 「あんたが全部食べた訳じゃないって言うのは事実でしょ?」

 「ぐっ……」

 「ね、ねえ、あれは私が無理を言ってもらったものだからノーカウントにならないかな?」

 「うーん、そうね……。あそうだ。塚原先輩、ちょっとこっちへ」


 ひびきの頼みに、あごに人差し指を当て視線を上にやり、悩むこと数秒。
 薫はなにかを思いついたらしく、ひびきを席から連れ出した。


 「あのですね、先輩……」

 「え、で、でも」

 「いいじゃないですか。食べたんだし」

 「それはそうだけど…… でもいいの?」

 「なにが?」

 「そんなことして」

 「大丈夫ですって」

 「そうじゃなくて……」

 「え?」


 店の隅で、なにやらごそごそと交渉をする薫。
 戸惑いを浮かべながら、結局首を縦に振るひびき。


 「交渉成立っ」

 「本当にするの?」

 「もちろん」


 にこにこと、いや、ニヤニヤと意味ありげに橘さんを見る薫。
 困った顔で戻ってくるひびき。


 「あの、どうかしたんですか」

 「え、あ、うん……」

 「塚原……先輩?」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……先輩?」

 「た、橘君」


 橘さんと目を合わさないようにちょっと伏し目がちにしていたひびきが、
手元のケーキをフォークで一口サイズに切ってから、意を決したように言った。


 「ご、ごほうびは私からあげる……ね。……はい、あーんして」

 「い!? つ、つかはらせんぱい??」

 「はい、あーんして……」

 「(薫のヤツだな、先輩になに吹き込んだんだ……)」

 「ひ、ひびきのごほうびは、いらない?」


 なかなか食べてくれない橘さんに、上目遣いで迫るひびき。


 「(こ、これが何かの罠だとしても、罠だったとしても僕は……僕は後悔しない)
 も、もちろん、い、いただきます」


 ひびきの差し出したフォークの上のケーキを、橘さんはぱくんと一口で食べた。


 「おいしい?」


 ひびきの問いかけに、首を縦にぶんぶん振って応える橘さん。
 実際のところ舌がしびれて味なんてわかりはしなかったのだけど、そんな本当のことを
言うほど彼は無粋ではなかった。


 「よかった」


 笑みを浮かべつつも、肩の力が抜け、ふう、と脱力するように背もたれに身を任せるひびき。


 「先輩、薫がなにか言ったんですね」

 「え?」

 「だって、らしくないですよ。戻ってきたと思ったら、いきなり ”ごほうびにあーん” だなんて」

 「あ、その、ほら、私が一口もらったせいで君が負けちゃったわけだから……。ね?」

 「それは……そうですけど」

 「あら、純一よかったじゃない」


 通りがかった薫が声をかける。


 「か、薫。なにがどうよかったんだよ」

 「ご、ほ、う、び。もらえたんでしょ?」

 「薫、おまえ塚原先輩になにを言ったんだ?」

 「なんにも」

 「うそつけ、おまえが吹き込みでもしなければ、塚原先輩があんなことするわけないだろう?」

 「吹き込んだなんて失礼ね。あたしは勝負に負けた可愛そうなあんたにちょっとした幸せを
 提供しただけよ」

 「おまえなあ、お節介なことするなよ。先輩に悪いだろう」

 「いいじゃない、先輩もそれであんたが喜ぶならって言ってくれたんだから」

 「い……、ま、マジ?」

 「そうよ。あんた塚原先輩のご厚意を無にする気?」

 「いや、それは、その……」


 ”敵わないな……”

 橘さんと薫のやりとりを見ながらひびきはそう思った

 ”でも、だからって諦めていいの?”

 心の奥底でもう一人のひびきがそう問いかける。

 ”彼は強面関係無しに相手をしてくれる貴重な子なんでしょう?”

 そう畳みかけてくる。

 ”そうだね。確かに彼は今まで居なかったタイプ。ここで諦めちゃうのは惜しいかな”

 ひびきがそう返す。

 ”だったら……”

 もう一人の自分の問いかけに。

 ”うん、だから”

 ひびきはそう返した。


 「ね、棚町さん」

 「はい?」


 橘さんとのバトル中に呼び止められてきょとんとする薫。


 「また来るわね。橘君の付き添いで。いいかな?」

 「え、ええ」


 薫を見つめるまっすぐな視線。
 その目に迷いはなかった。


 「……もちろんっ」


 薫はその視線の意図を理解し、サムズアップしてそう答えた。
 笑顔で応えるひびき。
 一人、橘さんだけが状況を理解できず二人の間であたふたするのだった。

Fin


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 お読みいただきありがとうございました。
 このお話は、「グリーンカレーは大人の辛さ」の続きです。
 作中に出てくる「インディアン風混ぜカレーwithデス」は実在した代物で、
せんば自由軒が横濱カレーミュージアムに出店した際に、期間限定で
メニューに載ったものを当時たまたま間違えて食べまして……。
その時の記憶が元ネタになっています。
 プロットを考えたときは、水が甘く感じるほど辛いカレーを二人で食べて、
辛いね、辛いねと涙を浮かべる……と言う終わり方のはずだったのですが、
案の定、薫が勝手に動き、その薫に呼応するように橘さんが動き、そんな
二人のやりとりを見ていたひびきが当初まったく考えていなかった「敵わないな」
なんてセリフを吐くに至った結果、今回のような結末になりました。
 諦めなかったひびきちゃんのお話ってことでひとつご理解いただけると幸いです。

 薫っぽさが出てるかなー。でてるといいなー。


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