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ちっちゃなセリオの物語〜お茶くみをしよう!



 とある日の昼下がり。
 研究所の一室でパソコンの前にちょこんと座るちびセリオ。
 ブツブツとなにやらしゃべりつつ、視線はモニタと横にある資料を往復しています。

「藪沼さん、わたし急用で工場の事務に行って来ますのでー」

 廊下を隔てた部長室からは、事務担当の星野さんの声が聞こえてきます。
 かなり急ぎの様子です。

「おう、わかったわかった」

 部長室から藪沼部長さんの声も聞こえてきます。
 事務担当のお姉さんは部署に二人。
 星野さんと量産タイプのセリオ。
 でも今日はそのセリオが定期メンテナンスでお休みなのです。
 だからただでさえ忙しい事務関係のお仕事がてんやわんやになっています。
 もっとも、そんなことはちびセリオに関係のないお話。
 重要な会議に出席しているマスターに代わって、必要な実験データをパソコンに入力しています。

「右に3カラム、下に2カラム」

 データ入力と言っても、キーボードを叩いてるわけではありません。
 ちびセリオに普通のサイズのキーボードは大きすぎます。どうしているかというと……

「そこに〜 303.2を入力。下に1カラム動いて〜 330.5を入力です〜」

 ちびセリオの手首のところからパソコンに向かってケーブルがのびています。
 このケーブルでパソコンにアクセスして、直接データを入力できるのです。
 頭の中で考えたことがパソコンに入力されるシステムなんです

「範囲指定開始です〜。右に10カラム下に5カラム。それを〜下に15カラム移動です〜」

 だから、口に出して言う必要はないはずなんですが……

「式入力です〜 F4カラムさんからZ4カラムさんまでを足して〜 その平均をとります〜」

 どうやらこうやって口に出さないとうまく入力できないようなのです。
 ちびセリ開発グループはこれにも頭を抱えたんだとか。
 結局『可愛らしいからこのまま』と言う結論に達し、外部向けには『仕様』と言う説明をしています。
 ま、そんな裏事情はさておき、ちびセリオはマスターに頼まれた仕事を彼女なりにこなしているのでした。


 しばらくして。

「誰かいるかなぁ」

 藪沼部長さんが部屋に入ってきました。

「はい〜 なんでしょか?」

 部屋の中にはちびセリオが一人いるだけ。
 だから彼女が答えなければ誰も答えてくれません。

「おー ちーちゃんか。他の人は?」

 ちーちゃんと言うのはちびセリオの愛称です。
 『ちびセリオ』だから『ちーちゃん』かなり安直なネーミングですね。
 ちなみに命名は部長さんです。

「えっと〜 みなさん会議だそうで席を外してます〜」
「あー そうかぁ。そういやそうだったな」

 藪沼さん、今思い出したような顔をしています。
 会議を設定したのは藪沼さんだったはずなんですが……

「あの〜 どうされたんでしょか?」
「あー いや実はな。急な来客でコーヒーをいれてもらおうと思ったんだが、星野さん工場に行っててな」

 いつもなら星野さんがいなくてもセリオがコーヒーをいれてくれるのですが、今日は彼女もいません。

「誰か手の空いた人にでも…… と思ったんだが」

 ちびセリオがいる部屋には、研究所でも数少ない女の研究員さんが居ます。
 どうやら彼女に頼むつもりだったみたいです。

「すぐ戻らなくちゃいけないから…… ちーちゃん悪いが誰かに頼んでもらえるかな? コーヒー二杯なんだが」
「わかりました〜 応接室にコーヒーを二つですね〜?」
「うん、悪いが頼むわ」

 元気よく返事をするちびセリオ。
 藪沼さん、そんなちびセリオを見て上機嫌です。
 手を振りながら部屋を出ていきました。


「さて、と」

 ちびセリオはパソコンのモニタに向かうと、部署内の今アクティブなパソコンにメッセージを送りました。

「メッセージ作成。『手の空いている方はお返事願います〜 部長さんが用事を頼みたいそうです〜』
メッセージ送信先設定、アイドルタイム三分以内のマシン。メッセージ送信!」

 さて、手の空いている人は見つかるんでしょうか?
 すぐに幾つかのマシンから応答がありました。

『ちーちゃんの頼みだから何とかしたいけど、どうしても手が空かないんだ。ごめん』

 あらら、どのマシンからも断りのメッセージです。
 でも、返事があるだけましなほう。
 普通は返事もなしに流されてしまうんです。
 返事が来たのはメッセージを送ったのがちびセリオだから。
 これでも彼女、人気有るのです。

「あう、困りました…… どうしましょ」

 このままでは埒があきません。

「これは自分で何とかするしかないですね〜」

 ちびセリオはそう言うと、パソコンにつながっている手首のケーブルをはずし立ち上がりました。
 てってってっ、と机の端まで移動すると、どこから持ってきたのかハンカチを取り出して
まるで空を飛ぶ忍者のように背中越しに広げました。
 そして、机の端から『えいっ』と言う感じで飛び降りたのです。
 ハンカチが風を受けて大きく膨らみます。
 まるでムササビのように地面に向かって降りていきます。
 でも、うまく着地できるんでしょうか?

「わ、あうあうあう」

 案の定バランスを崩して床に真っ逆様です。
 高さ30センチくらいのところから、『べちっ ごろごろ』と言う音とともに床に落ちてしまいました。
 ちびセリオはかなり頑丈に作られていますから、この程度は何ともありませんが、端から見ていると冷や冷やします。

「あう〜〜」

 床に女の子座りして頭に手をやるちびセリオ。
 机から床の上に一人で無事降りれる方法を開発する必要がありますね。
 でも、ちびセリオは強い子です。すぐに立ち上がって、外に向かって歩き出しました。
 部屋のドアはさっき藪沼部長さんが開けっぱなしにしたままですから、難なくお部屋の外に出ることができました。
 てってってってって〜、と小走りに給湯室に向かいます。


 給湯室は同じ階のちょっと離れたところにあります。
 入り口にドアはついていません。
 その代わり「ゆ」と書かれたのれんが下げられています。
 誰の趣味なんでしょう?
 給湯室の中には流しと備え付けの湯沸かし器、食器棚、ワゴンが置いてあります。
 ワゴンの上には電気式の湯沸かしポットと、いつお客さんが来てもいいように布巾をかぶせたコーヒーセットが置かれています。
 もっとも、ちびセリオの視点ではワゴンの上は見えませんけど。

「えっと〜 確かワゴンの上にポットとコーヒーセットがあったはずです〜」

 どうやら前にお茶くみを手伝ったときの記憶が残っていたらしいです。
 さすがは学習型、ですね。


「さて、どうやって登りましょか?」

 またしても難関出現です。
 高さ約80cmの普通のワゴンですが、大きさが13cm弱のちびセリオには身長の5倍はある小山のようなもの、
登るのは簡単ではありません。

「ん〜〜」

 きょろきょろと辺りを見回しながら、なにやら考えてます。左手の人差し指をあごにあてた可愛いしぐさです。
 ちびセリオは、ちょっと考えてから壁にぶら下がっていた扇風機のコードに手を伸ばしました。
 くい、くい、と引っ張っています。

「だいじょぶそうですね〜」

 そして、その扇風機のコードを綱登りの要領で器用に登り始めました。

「んっしょ、んっしょ」

 かなり素早い動きでワゴンが見下ろせるところまで登ったちびセリオは、ためらわずに壁を蹴ると宙を舞いました。
 くるくるくるくる〜〜 とんっ。
 4回宙返り1/2ひねり。
 着地もばっちり決まっています。

「ふ〜 うまくいきました〜」

 ちょっと誇らしげにない胸を張るその姿は、体操で床の演技をばっちり決めた選手のようです。
 でも、ぐずぐずしてはいられません。
 ここまで来るのにかなり時間がかかっています。
 ちびセリオはカップにかかった布巾を手早くどけると、カップをひっくり返しポットの下に置きました。
 そして、一回使い切りのドリップタイプのコーヒーを持ってくると、カップの上にセットしました。

「準備OKです〜」

 ちびセリオは、今度はポットをよじ登り始めました。
 柄の部分に足をかけて登っていきます。
 てっぺんに着いたちびセリオはポットのストッパーを『閉』から『開』にかえ、お湯の注ぎボタンを押しました。
 モーターでお湯を出すタイプの電動湯沸かしポットだからできることです。
 普通の空気圧で注ぐタイプのポットだったら、ちびセリオの手に負えなかったかも知れません。
 ともあれ、同じことを二度繰り返して、めでたくカップにコーヒーが入りました。
 あたりにいい香りが漂っています。
 ソーサーの上に置かれたカップ、その横に砂糖とミルクとスプーンを置いて完成です。


「できました〜」

 ちびセリオ、かなり喜んでいます。
 それもそのはず、身体のちっちゃいちびセリオにとっては、自分の部屋を出て給湯室でコーヒーを煎れるという
簡単な作業も、かなり大変なお仕事なのです。
 たかがお茶くみ、されどお茶くみ。
 ちっこい身体にはお茶くみ一つと言えど、簡単ではないのです。

「え、えーっと」

 コーヒーをいれ、お砂糖とミルクとスプーンまでそろえた完璧なコーヒーカップを前にして、ちびセリオが困っています。
 あごに左手の人差し指を当て、なにやら思案顔。

「あ、あははーっ」

 どうやら肝心なことに気づいたようです。多分お茶くみで一、二を争う大事なこと。

「わたしじゃカップを持っていけないです〜」

 そう、ちびセリオの身体は小さすぎてコーヒーが並々入ったカップとソーサーを運ぶことができないのです。
 これはある意味致命的です。だって、折角いれたコーヒーを飲んでもらえないのですから。

「む〜 誰かが通りかかるのを待っていたらコーヒーが冷めちゃいますね〜 どうしましょ?」

 折角おいしそうに入ったコーヒー。
 でもこのままでは飲んでもらえないまま冷めてしまいます。

「誰かにお願いして運んでもらえばいいんでしょうけど〜 みなさんお忙しいみたいですし〜」

 会議中のマスターを呼ぶことも考えましたが、重要な会議中にお茶くみで呼んでは申し訳ないと思ってやめました。
 でも、だからといって、ほかにいい方法があるわけでもありません。

「あうあう、どうしましょ」

 焦ってきょろきょろと辺りを見回すちびセリオ。
 ……とその時、頭の上の方から誰かの手がにゅっと伸びてきて、コーヒーを持ち上げました。

「ほへ?」

 慌てて手の方を見るちびセリオ。視線の先には……

「おー いい香りだなあ」
「あ、部長さんです〜」

 手の主は藪沼部長さん。でもどうしてここに居るんでしょう?

「ちーちゃん、ご苦労さん。これならお客さんも喜ぶと思うよ」
「あう、遅れてごめんなさいです。みなさんお忙しいみたいで……」
「お、そうかそうか。それでちーちゃんがやってくれたのか。コーヒーいれるだけでも大変だったろ?」

 そう言うと藪沼さんはちびセリオの頭をなでてくれました。

「えっとえっと、そんなことないです〜 でも、どうしてここに?」
「いやな、しばらく待ってもコーヒーがこないからどうしたかと思ってな」
「ごめんさないです。ごめんなさいです」
「いやいや、謝ることはないよ。それより、ちーちゃんに無理言ったみたいで悪いことしたね」

 平謝りのちびセリオ。
 でも、藪沼さんはちっとも怒ってません。むしろちょっと驚きの混じった、感心したような顔。

「そんなことないです〜 わたしはメイドロボットですから〜」
「いやいや、その小さい身体でコーヒーを用意してくれただけでもすごいと思ってるんだ。大したもんだ」
「でもでも、お茶くみもできないメイドロボットなんて意味がないです〜」
「そんなことはないさ。適材適所って言う言葉があるように、ちーちゃんにはちーちゃんでないとできないことがあるんだ。
お茶くみはちーちゃん向きじゃないってだけだよ」
「そうなんでしょか?」
「ああ、そうとも。永野君もそう言ってたよ」
「ほへ? マスターさんもですか?」
「うん。さ、冷めないうちに持っていこう。ちーちゃんは僕の肩に乗ってくれればいい」

 藪沼さんはトレーにコーヒーを二つ載せると、ちびセリオを自分の肩の上に載せました。

「あう、申し訳ないです〜 自分で歩いて戻ります〜」
「まあまあ、気にするな。実はちーちゃんに一つ頼みがあってな。お客さんは外人さんなんだ。
一応僕も英語はそれなりなんだけど、ちょっと不安でね、横で通訳してもらえないかな?」

 ちびセリオにとって通訳はお手の物。多分部署の誰よりも上手です。

「はい〜 わたしで良ければお手伝いします〜」

 部長さんの言葉にうなずくちびセリオ。

「通訳でちーちゃんに対抗できるのはセリオくらいだからなあ。ま、よろしく頼むよ」
「はい〜」


 データを入力したり、通訳をしたり、一緒にお出かけしてマスターをサポートしたり……それがちびセリオに向く部分。
 特にマスターの鞄やポケットに入って一緒にお出かけすることは、普通のセリオにはできません。
 ちびセリオの良さとは一体何なのか?どうやらマスターさんも薮沼さんも良くわかっているみたいです。


 てってってってって〜

「マスターさん、マスターさん。入力終わりました〜」
「ちーちゃん、サンキュー」
「いえ〜 それで次はなにしましょか?」

 ちっちゃなちっちゃなメイドロボ。
 胸ポケットに入っちゃうくらいちっちゃな彼女は、その小さい身体をいっぱいに使って今日もマスターさんや
みなさんのお役に立てるようにがんばっています。

fin

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