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『サラリーマン藤田浩之異聞 サラリーマン矢島 九曜』   第4話

-SERIO EYE
 矢島に買ってもらった、ロシア製のメイド服を着て。
 セリオは床に掃除機をかけている。
「私はメイド、あなたのメイド〜♪」
 今日は昼からの出勤なのか、矢島はベッドに寝転がって、ごろごろとしていた。
「掃除、洗濯、お料理〜♪ あなたが望めば、なんだってしちゃうわ〜♪」
 歌っているのはセリオ。
 声は楽しそうだが、顔はいつものクールビューティのままだ。
 セリオは掃除機を掛けながら、アンテナで矢島の姿勢をチェックしていた。
 掃除機をかけているセリオの後ろ姿が気になるのか、矢島は気づかれないようにチラチラと
彼女の方を見ている。
 今がチャンスっ!
「きゃあっ!」
 わざとらしくセリオは前屈みに転んでみせた。
 きちんと両手で前受け身を取っているが、スカートの中身はばっちり矢島にアピールできたはずだ。
「うっ」
 決まった。
 数日に分けて、HM−12DOM−02マルチに教わったメイド道の基本功の数々。
 これは『前方受け身秘所見せ』。
 メイドロボの開祖、F−90から伝わる伝統的な技だ。
 もしかしたら、これで矢島も……。
「おい。大丈夫か」
 あれ?
 もっと違ったリアクションを期待していたのだが、矢島は転んだセリオに向かって心配そうな顔で
駆け寄ってくる。
「ありがとうございます」
 矢島に手を貸してもらって立ち上がったが、セリオは不満だった。
「珍しいな。おまえが何もないところで転ぶなんて」
 やはり、技で言えば小パンチぐらいだったのがいけなかったのだろうか。
 もっと色々と試してみよう。
 かくして、セリオは頑張った。
 
 数時間後。
 買い物袋を下げたセリオが、公園でマルチを相手に愚痴っていた。
「マスター、全く反応されないんです。せっかく、覚えた技を全て試したのに」
「『前方受け身秘所見せ』、『後方半回転抱え込み』、『横抱え脱がし』、『ふきふき』、全てですか?」
「はい。危うく、返品されそうになりました」
「おかしいですね」
「はい、おかしいです」
 うーん。
 メイドロボ二人は、難しい顔で考え込んでいる。
 しばらくして、マルチが顔を上げた。
「もしかして、セリオさんのご主人様には、特定の女性がいるのかも知れません」
「いえ、恋人がいるようには思えません。確かに帰りは遅いですが、家にいて女性から連絡が入った
ことはありませんから」
「セリオさん。恋人とは限りませんよ」
 謎めいたマルチの言葉。
 家に帰ってから、セリオはその言葉の意味を理解した。
 
-YAZIMA EYE
「嘘がきらいで、涙にもろい〜♪ 電話されれば、どこでもゆくよ〜♪」
 会社からの帰り道。
 今日は昼からの出勤という短い時間の中で、三件の契約を取り付けることが出来た。
 まずまずの出来だと、矢島は上機嫌で帰り道を歩いている。
 あんまり機嫌がいいので、また、お店のお姉さんに挨拶に行こうかとも思ったが、朝にセリオと
喧嘩をしてしまったので、今日は早めに帰ろうと考え直した。
「おっじさん♪ いいことあったの? 上機嫌だね」
 急に声を掛けられた矢島が振り向くと、そこにいたのは、この前追い払った女子高生だった。
 今日は化粧もしておらず、きちんと制服を着ている。
「売り方を変えたのか?」
「バーカ。ただの塾帰りだってば」
 矢島は無愛想に受け答えをしているのだが、女子高生の方は一生懸命、矢島に話しかけている。
「おじさん、何の仕事しているの?」
「車の営業」
「腕利きなんでしょ? いい時計しているもんね」
「まあ、そんなにヘボじゃないさ」
 普通に話して、普通に別れる。
 矢島は、女子高生とそんな帰り道を歩いた。
 
-SERIO EYE
 割引チケットが千切られた、月刊ナイトガイド。
 数々の入浴料割引券。
 あゆみ、めぐみ、まどか、などの女性からの名刺。
 掃除をしていた時は意味がわからなかったが、マルチに教えてもらって、セリオはこれらの紙切れの
意味を理解した。
 侮辱だ、とセリオは思った。
 媚びを含んだ笑顔を向ける女性のどれもが、セリオよりも不細工である。
 何故、完璧なメイドロボである自分にはいっさい食指を動かさずに、このような不細工な女性たちに
矢島は多くの金を落とすのか。
 彼女たちに矢島が払っている金額は、決して安いものではない。
 常識的観念からも経済的観念からも、矢島はおかしいことをしている。
 セリオはそう思うと、矢島に文句を言おうと、玄関前で彼を待つことにした。
 
-YAZIMA EYE
「馬鹿野郎っ!」
 怒鳴ってから、矢島自身が自分自身の大声に驚いた。
 セリオはもっと驚いたのか、顔を青くして震えている。

「そういった店に通うよりも、自分を利用した方が安上がりだ」

 そのセリオの言葉に、矢島は自分でも思ってもみないほどの怒りで応じた。
「あー……えっと。すまん。怒鳴るつもりじゃなかった」
 怯えきっているセリオを見て、矢島は自分を恥ずかしく思った。
 矢島は無理に笑顔を作り、教え諭すようにセリオに自分が怒鳴った理由を教える。
 日々の手伝いはありがたく思っていること。
 それ以上のことを彼女には求めていないこと。
 だが、セリオは矢島の言葉が聞こえていないのか、肩を震わせて、つぶやくように尋ねてきた。
「わっ、私は……そんなに不細工なのでしょうか」
「いや。綺麗だよ。特に、瞳がね。吸い込まれそうになる」
「瞳だけなんでしょうか」
 涙ぐんだままで、じっとセリオは矢島を見つめる。
 矢島は、その痛々しい視線を嫌って顔を背けると、魚料理が置かれたテーブルに向かった。
 
-SERIO EYE
 いつも見る夢。
 故郷にいた頃。
 ロシアのイルクーツクで、メイドロボとして学習を行っていた頃から見ていた夢。
 ТУРИТАНИ博士は、それが異常ではないと言っていた。
 緑色の髪のメイドロボ。
 まるで子供のように振る舞う彼女は、今日も矢島と楽しそうに遊んでいる。
 彼女は誰なのだろうか。
 これは、データ整理に伴うロボットの夢ではなく、何かの記録ではないのだろうか。
 カプセルの中で夢を見ながら、セリオはそんなことを思った。
 
 公園のベンチ。
 横にいるマルチの話を聞きながら、セリオはしきりにコンパクトに付いた鏡で、自分の瞳をチェック
している。
 矢島の言うとおり、確かに美しい。
 だが、矢島は他の場所は褒めてくれなかった。
 毎日の手入れを欠かさない髪も、黄金律を守って造られた体型も、どんな水仕事にも負けない指先も
褒めてくれてもいいのに。
「それで、セリオさん。マスターとは仲良くなれましたか?」
「いえ。全身全霊を込めて、拒否されました」
 セリオは斜め下四十五度を見て、肩を沈ませ、暗い影を背負っている。
「はわわわわっ」
 驚いたマルチが声を上げたが、セリオの顔は暗いままだ。
「仕方がないです。私、不細工ですから」
「そっ、そんなことないですよ。セリオさんはすごく綺麗です。大人っぽいし、構成素材だって、
私たちとは段違いに高価な物を使ってもらっていますし。あなたはカスタム機じゃないですか。
もっと自信を持って」
 一生懸命に自分を励まそうとしてくれるマルチ。だが、そんな彼女は夢の中で矢島と楽しそうに
暮らしているメイドロボそっくりで、セリオはその言葉を素直に受け取ることが出来なかった。
「いえ。私、不細工ですから。きっと、バリや気泡が取れていないマルチさんたちよりも
不細工なんです。放っておいて下さい」
「……私、200円のフィギュアですか」
 チャキ。
 マルチは思わず、腰のところにマウントされているジャイアント・バズを構えそうになったが、
セリオが激しく落ち込んでいるのを見て、正気を取り戻した。
「逆に、完璧過ぎるからいけないのかもしれませんよ」
「……私はまだ、メイド道を修めていないのでしょうか」
「当たり前です。奥が深いんですから。頑張りましょう。きっと、セリオさんとあなたのご主人様を
ラブラブにして見せますよ」
 ドンとマルチが胸を叩く。
 いい音がするのは平べったいからだろうか。
 そんなことを思いながら、セリオはマルチの忠告を受け入れることにした。
 
(第5話に続く)