「艦これ戦記 if とある艦隊司令部の奮闘 〜もうひとつのキス島撤退作戦〜」


 強い日差しの照りつける南西諸島。ジリジリとすべてを焼け焦がそうかという太陽のもと、
巡洋艦天龍を旗艦とし、駆逐艦五月雨、同涼風、同叢雲、同曙、同霰からなる遠征艦隊がタンカーを
護衛しながら一路鎮守府を目指していた。

「おーい、異常はないかー?」
「異常ありませーん!」

 天龍の問いに僚艦である五月雨がそう答える。主力艦隊がこの付近を掃討してからというもの、
物資運搬の護衛任務は会敵もほとんどなく平和そのものであった。

「こんなんじゃ腕がなまるなあ」
「そうだねえ、親分。いっちょパーッと敵艦隊でも出てくればちっとは賑やかになるってえもんだけどねえ」

 天龍のボヤキに僚艦である涼風が応えた。

「なあ涼風。その親分っていうのはなんとかなんないのか?」
「親分は親分だよ」

 そう笑う涼風の声に続いて「こんなつまらない任務」とか「あのクソ提督こんな仕事させて」などと
悪態をつくニ隻の駆逐艦の声が聞こえてきた。叢雲と曙だ。
 彼女たちは半年から一年前までは所属する司令部の主力戦隊として鎮守府海域やここ南西諸島海域の
掃討や攻略にあたっていた。しかし、鎮守府から遠くに進出するに連れて敵の戦力も増大し彼女たちの
手には余るようになったこと、司令部に大型艦が配備されたことから彼女たち小型艦は主力を外れ遠征
任務に回されていたのだ。

「たまにはドンパチやりたいなあ」
「……そうだね」

 天龍のボヤキが殿の霰にまで聞こえたらしい。霰も否定しない。

「天龍は私たちの巻き添えですしね」

 五月雨が苦笑いしつつそう返した。南西諸島海域の奥に潜む敵戦力が強大で自分たちの手には負えないことを
五月雨たちは身を持って知った。だからこそ後から配属された大型艦に主力の座を譲り渡しこうして粛々と
遠征任務についているのだ。だが、天龍は違う。大型艦のひしめく主力艦隊の中で砲雷撃戦も夜戦もまだこなせるのだ。

「そのことは気にすんなよ。引き受けたのはオレだからな」

 天龍は提督に直々に頼まれたのだ。手腕を見込んで一線を退く駆逐艦たち水雷戦隊のまとめ役を頼む、と。
そう頭を下げられて嫌だとは言えなかった。姉妹艦の龍田がおっつけ配属されてきたこともあり、二人で
駆逐艦のお守りもいいかと腹をくくったのだ。そう決めた以上、そのことに対して愚痴を言う気はなかった。
思った以上に退屈なことが完全な誤算ではあったが。

「でも……」
「おまえたちの面倒はオレが見る。オレがそう決めたんだ。だから気にするな」
「はい……」

 五月雨も涼風も叢雲も曙も霰もわかっているのだ。だから天龍のボヤキを受け流すのだ。天龍のボヤキは
自分たちの代弁なのだから。



「作戦完了で遠征艦隊帰投っと」

 遠征を終えた天龍が提督執務室に報告に入る。

「で、すぐに補給して次の遠征まで待機ときたもんだ」

 報告を終え部屋を後にする天龍。

「たまには夜戦がしてえなあ」

 遠征につぐ遠征。護衛につぐ護衛。ボヤキの一つも出るというものだ。

「夜戦なんて贅沢言わないから、敵艦相手に出撃したいよなあ」
「そうね〜。遠征ばかりじゃ飽きちゃうわよね〜」
「そうそう、身体がなまっちまう……って、龍田いつからそこに」

 天龍のボヤキにナチュラルに合いの手を入れる龍田。

「ついさっきから〜」

 にこやかに笑う龍田。

「だったら声くらいかけろよ」
「だって〜、遠征からようやく帰ってきた天龍ちゃんを見つけたと思ったら、なんだか不機嫌みたいだし〜」
「まあな」
「私も遠征疲れで不機嫌になってみたいな〜」

 すぅっと目が細くなり何やら含んだような笑みになる龍田。

「なんだよそれ」
「私なんて遠征にすら出れないのよ〜。天龍ちゃんと一緒に遠征に行きたいな〜」

 笑いながら龍田がぼやく。天龍はその笑みの後ろに黒いものを感じた。

「し、仕方ないだろ。遠征艦隊は一つだけだ。それに」

 それに、と口にして天龍はあとの言葉をぼそぼそと口の中で濁した。

「ふふ、天龍ちゃんらしい」

 全部わかってますよ、と言う顔で天龍を見る龍田。

「な、なんだよ。いいじゃねえか。もう行くぞ、オレは待機中なんだ」

 龍田を尻目に廊下を待機室へと向かう天龍。龍田の耳には先ほど天龍が濁した言葉がちゃんと届いていた。

『おチビたちの面倒はオレが見るって決めたんだ』



 遠征艦隊に新たな出撃命令が下り、彼女たちはまた南西諸島へ護衛の任についた。
いつものごとく何事も無く終わる遠征。しかし、無事帰り着いた司令部はドックを中心に
蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。その騒がしさの中、帰投の報告に天龍は向かった。
 提督執務室のドアをノックするといつものように入れと声がする。

「天龍、入ります」
「おお、天龍。遠征ご苦労。どうだった」

 提督が労いの言葉をかける。天龍は違和感を覚えた。いつも提督の横にいるはずの秘書艦、空母加賀がいないのだ。
素早く敬礼した天龍は提督の返礼を待って直り遠征の報告を行った。

「南西諸島からのタンカー護衛任務滞り無くすみました。途中の会敵無し。艦隊各艦の故障等無し。
遠征先での入手、バケツ一。その他、特に報告することはありません。以上」
「うん、ご苦労だった。それで、帰った早々申し訳ないんだが補給が済み次第、遠征艦隊は
資源輸送任務について貰いたい。周囲の様子を察したかもしれないが、主力艦隊が南西海域の最深部で
苦戦していて被害が大きく修復に使う資源が枯渇気味なんだ。すまない。頼む」
「あ、だから加賀がいないのか」

 天龍が加賀のいない理由に気づく。

「ああ、彼女も大破して入渠中だ」
「加賀ともあろうものがねえ……」

 そう、あの加賀が、なのだ。これが赤城なら天龍もそんなに驚かなかっただろう。

「そう言うな、あたりどころが悪かったんだ。その他の連中も軒並み中大破だよ」
「他の連中って、金剛や愛宕もか?」
「私の慢心と言うことなのだろうな。あれだけの敵戦力が最深部にいようとは……。戦力の立て直しを
しなくちゃいけないが、さっきも言ったように資源が足りない」
「わかった。遠征艦隊は急ぎ補給を完了して資源輸送に出撃します」

 天龍は踵を返すと執務室を出て遠征艦隊の待機室へと向かった。途中ドックの方へ向かうと入渠が
終わったばかりの加賀と出くわした。

「遠征艦隊タンカー護衛任務完了。会敵なし、異常なし、バケツ一」

 天龍が加賀に報告すると加賀は疲れた様子で「お疲れ様」と答え頭を下げてすれ違っていった。

「ずいぶん派手にやられたらしいな」

 加賀の背中に天龍が声をかける。

「ええ……。でも、次は油断しないから」

 加賀が唇を噛み締めながらそう答える。

「ああ」

 加賀の言葉にそう返すと天龍はこう続けた。

「資源調達は任せてくれ。今からまた行ってくる」
「……ありがとう。お願い」
 加賀が振り返ると右手を上げた天龍の姿が遠くなっていくところだった。



「おチビども、いるか!」

 遠征艦隊の待機室へ入る天龍。こう言いながら天龍が入ってくるときはなにかあるときだ。

「全員揃っています」

 五月雨が答える。

「補給は?」
「天龍以外は既に済ませているわ」

 叢雲が当然と言った顔で返す。

「そうか。用意がいいな」
「あたぼうよ」

 涼風がそう笑う。

「よし、話が早い。戻ってすぐで悪いが遠征に出るぞ。行き先は南西海域。任務内容は資源輸送の護衛だ」
「全くあのクソ提督、人使いが荒いんだから」

 曙が悪態をついた。

「まあ、そう言うな。お前たちも気がついているだろうが、今司令部は主力艦隊が大打撃を受けて
てんやわんやの有り様だ。資源が足りない。司令部の明日はオレたちにかかっていると言ってもいい」
「……重要任務」

 霰がつぶやく。

「そうだ。たかが遠征、されど遠征。いつも以上に気合入れていくぞ!」
「おーっ!!!!!」

 天龍の飛ばした檄に駆逐艦達の声が重なった。

 ”ぐぅ〜〜〜〜”

 ついでに天龍の腹も鳴った。彼女はまだ補給を済ませていないのだ。

「天龍、とりあえず補給を済ませなさい」
「超特急で」
「あ、ああ……」

 顔を真赤にした天龍はバツの悪そうな顔をして補給を受けに食堂へと向かうのだった。
 
 
 
 それから暫くの間、遠征艦隊は帰投して直ぐに次の任務につく馬車馬のような出撃状況となっていた。
各艦の疲労も考慮して提督は龍田を旗艦としたバックアップ艦隊を用意したが、天龍達は弱音を吐くどころか
普段よりも良い頻度でバケツを持って帰るなど、七面六臂の活躍を見せていた。

「おーい、いいかあ。バケツもう一つ見つけるんだぞー」
「ガッテンだ。親分」
「だから親分って言うな」
「周囲敵影なし」
「敵潜水艦を補給部隊に近づけるんじゃねーぞ」
「当然よ」

 彼女たちはわかってはいたのだ。一線を退いた遠征艦隊務めとは言え主力艦隊を支えているのが自分たちで
あることを。自分たちの遠征が司令部の役に立っていることを。だが、今までそれは目に見えるものではなかった。
資源輸送の護衛をし、鎮守府周辺の警備をし、時には潜水艦の哨戒を行う任務は戦果の上がる派手なものではない。
誰が褒めてくれるわけでもない。時折遠征艦隊に差し入れられる琥珀色の温かい液体で満たされたポットや
ある地方の名物のまんじゅうが彼女たちに対する感謝の気持ちと労いの現れとなっている程度だった。だが、今は違う。
司令部の兵站が重要視される今、彼女たちが無事遠征から帰投することが司令部全体の願いであり、深海棲艦との
戦いになくてはならない重要なファクターとなっていることを、彼女たちは肌で感じ取ったのだ。キラキラとした
オーラをまとい、天龍達は日々の任務をこなしていた。

「遠征艦隊、帰投!」
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
「資源をドックへ回せー」
「補給準備整ってます」

 遠征から帰ってくると労いの言葉がかかる。そんな当たり前のことにすら彼女たちはモチベーションをアップさせていた。



 忙しい日々がしばらく続いたある日。疲れた身体を引きずるように司令部に到着した遠征艦隊を普段とは違う
空気が包んだ。ここしばらくの殺伐とした重い空気ではなく、なにか浮足立ったようなそんな雰囲気だ。

「なんだか調子狂うな」

 天龍がつぶやく。

「港についたら各自補給の上、待機な」
「はい」

 いつもの帰投時の天龍の言葉に駆逐艦たちが声を揃える。

「おーい、戻ってきたぞー!」

 突如司令部の方から声がする。整備班のようだ。人が集まりだした

「一体なんだってんだ」

 訝しむ天龍。明らかにいつもと様子がおかしい。どうなっているのだろうと首をひねる彼女の耳に次に
聞こえてきたのはこんな言葉だった。

「なんだ、遠征艦隊か」
「な……っ」

 予期しなかった言葉に二の句を探す天龍。そんな天龍を尻目に、再度港から歓声が上がった。

「おーい、こんどこそ戻ってきたぞーっ! 主力艦隊だ」

 え? と振り向く天龍。視線の先には満身創痍の姿の主力艦隊。みんなぼろぼろだ。

「海域攻略お疲れ様ですー」

 そんな声が聞こえる。天龍はその言葉を耳にして状況を察した。主力艦隊が敵主力を打ち破ったのだ。

「そういうことか……」

 天龍のつぶやきを聞きながら、なお状況が飲み込めない駆逐艦たちが遠くから徐々に大きくなってくる
主力艦隊を見つめている。

「どういうことなの?」
「……主力艦隊、ボロボロ」
「主力が敵の主力を打ち破ったってことさ。あの海域の一番奥深い場所の攻略に成功したんだ」

 天龍が説明する。だから港には人が集まり主力艦隊の帰投を待っていたのだ。自分たちを待っていた
わけではない。浮かれる司令部。誰も彼女たちには注意を払っていない。労いの言葉も無い。
これで当面資源の枯渇であくせくすることもないのだ。喉元すぎればなんとやら、である。

「お疲れさまの一言くらいあってもいいのに」

 曙がぼやく。

「そうですね。ちょっと残念ですね」

 五月雨が困ったような顔で頷く。

「私たちをちやほやする理由がなくなったってことよ」

 叢雲が同意する。

「まあまあ、そう言うなよ」
「言いたくもなるってぇもんだよ。補給を受けようにも誰も居ないんだ」

 涼風が食って掛かる。

「……天龍に言っても困らせるだけ」

 霰が止めに入る。

「提督に言っておくよ。さすがにこれはないだろうってな」

 天龍は頭を掻きつつ駆逐艦たちにそう言うほかなかった。



 怒涛のような日々が過ぎ去り、遠征艦隊はまた今までと同じような日々に戻っていた。完全に掃討された
海域をのんびりと護衛する日々。天龍の言うところの「暇な日々」である。

「おーい、異常はないかー?」
「ありませーん」

 五月雨からの報告が入る。

「暇だなあ……」

 遥か水平線を見つつ、天龍はぼやくのだった。



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