「クソ提督は大佐であろうとクソ提督」


 ”「司令官たる大佐」とは本来ならば将官が任ぜられるべき戦隊等司令官に大佐が
 就く場合に称される職位であり、国によっては「代将」と称される。
 司令官たる大佐は艦長たる大佐に対してより上位に位置するものであり、司令官たる
 大佐が乗艦する場合はその艦に代将旗を掲揚する”

  とある鎮守府のとある司令部のとある部屋。そこで一人の男が筋力トレーニングに
 勤しんでいた。当司令部の司令官だ。ハンガーに掛けられた二種軍装の襟章が彼が
 海軍大佐であることを物語っていた。彼はデスクワークが増えるに従って落ちていく
 自分の筋力に危機感を感じてこうして暇な時間を見つけては身体を鍛えているのだ。
 大概は一人で黙々とトレーニングをするのだが、今日は横に同伴者がいた。

「相変わらずがんばるわね。クソ提督」

  駆逐艦曙だ。彼女もまた暇な時間を見つけてはこのトレーニング室でこっそりと
 鍛錬に励んでいるのだ。そして、たまたまこうして司令と出くわすと悪びれもせず
 口の悪い娘とその父親のようなやりとりを交わすのだった。本人がどう思っているかは
 ともかく、司令のトレーニング仲間みたいなものである。

「何もしないと身体が鈍るからなあ。曙こそ今日は非番じゃないのか?」
「なにもしないと身体が鈍るのよ。最近は交代で遠征に出ることもあるから余計にね」

  戦域が鎮守府近海から拡大するに連れて、曙たち駆逐艦を中心とした水雷戦隊では
 手に余ることが増えていた。司令が走り回ったかいあってか重巡や空母、戦艦が着任
 し始め、第一艦隊は新任艦の練度向上を行い、第一艦隊の編成からあぶれた艦で
 第二艦隊を編成し遠征任務をこなすようになっていたのだ。曙の言う「交代で遠征」は
 その遠征任務を指していた。

「遠征に行ってくれているおかげで資源に余裕が出てきているんだ。助かっているよ」

  司令はトレーニングの手を止めて曙に向き合うとそう告げた。司令は司令なりに
 遠征に出ている艦娘たちの事を気に留めていた。一線から外れるということは
 モチベーションの低下を伴うのだ。

「ふんだ。そういうことを言って懐柔しようとしてもダメなんだからね、クソ提督」

 曙はプイッと横を向くといつものようにそう返した。何度も行われたやりとりだ。

「ははは、相変わらずだな、曙は。だが何度も言うがオレは提督ではないぞ」

 司令が避けようとした曙の頭を的確にポンポンと叩きながら笑う。

「もう、気安く頭を叩かないでよ」

  曙が司令の手を払おうとするが、司令は「こりゃ失礼」と意にも介さないようだ。
 曙は諦めたようにトレーニングに戻る。

「はあ……。オレはまだ大佐だって言いたいんでしょ?」
「うん。そのとおりだ」
「そのセリフはもう耳にタコができるくらい聞いたわよ。でもこの間五月雨が言ってたわ。
大佐でも司令官の任にあたるものには提督の敬称を使うらしいって」

 ”提督”は海軍将官の総称であり敬称であるから大佐である自分は提督ではない、と
 司令は常々言っていて、だからこの司令部の曙を除く艦娘たちは彼のことを「司令」と
 呼んでいるのだ。ところが秘書艦の五月雨が先日お使いで余所の司令部に行った際に
 そこの艦娘から「司令官たる大佐は代将の地位にあるから提督と呼んで差し支えない」
 と聞いてきたらしい。

「ほう。確かに司令官となると同じ大佐でも扱いが変わるし、座乗するときは代将旗を
掲げると言われたような気がするな」

  司令が顎に手をやり思い出すように言葉を紡ぐ。基本的には戦隊や艦隊の司令官は
 将官が務めることになっているため司令にも馴染みがないのだ。

「やっぱり。じゃあアタシがあんたを提督と呼ぶのは間違ってなかったってことね」

  トレーニングの手を止め、なにやら勝ち誇ったように胸を張る曙。残念ながらいくら
 張っても平たいものは平たいままだ。

「提督に代将を含むとなればそうなのだろうな。五月雨が聞いてきたのなら間違いでは
ないのだろう」

 提督と呼ばれるにはおこがましいが、と司令は苦笑いしながら付け加えた。

「そんなことないわよ」

  曙がそう返した。司令がこうして鍛錬を続けていることや、司令が司令部の艦娘の
 ことをどれほど考えているか、自分たち艦娘のために実際になにをしているか、そう
 いったもろもろのことを積み重ねたら司令は指揮官として十分に信頼の置ける存在だと
 言わざるを得なかった。

「そうかね」
「そうよ。提督なんて連中はみんなクソ提督だから、それは変わらないけどね。でも……」

  でも、と言いかけて曙は口をつぐんだ。その先を口に出したらクソ提督と呼んでいる
 目の前の存在を認めることにもなるのだ。それはまだ理性がそうだと言っても感情が
 許さなかった。

「でも……なんだい?」
「な、な、なんでもないわよ。あんたはクソ提督。そうクソ提督なのよ。
もう、そうやってアタシに気安く話しかけないで」

  ぷくっと頬をふくらませてトレーニングを再開する曙。心なしか頬が赤らんで見えた
 のは差し込む日差しのせいだろうか。

  五月雨の情報にどこからともなく出てきた「司令も納得した」と言う口コミが加わり、
 艦娘たちが司令を「提督」と呼ぶようになるまでにはさほど時間がかからなかった。
 何の事はない、彼女たちも自分の上官を余所の司令部のように「提督」と呼びたかった
 のだ。先日着任した金剛が早速司令に「HEY!提督ぅー」と呼びかけこうでなくちゃと
 笑みを浮かべて頷いていたらしい。

「なんだか慣れないな。今までどおり司令じゃだめなのか? 五月雨」
「司令、でもいいのですが、提督、の方がなんだか格好いいじゃないですか」
「そういうものかね」
「ええ、そういうものです」

 どうやらそういうものらしい。

fin


あとがき

 拙作をご覧頂きありがとうございました。金谷さんのところへ寄せさせてもらっている
「とある司令部のものがたり」の3作目です。前回寄稿した黎明期のお話と、前々回寄稿
したキス島撤退作戦では艦娘の提督の呼び方が違っていて、黎明期は「司令」キス島話の
時は「提督」です。で、本作はどうして変わったのか、実は……と言うちょっとした裏話
的エピソードなんですが、今回たまたま書く機会を頂いてこうして日の目を見ることがで
きました。楽しんでいただけると幸いです。金谷さんからは「曙ちゃんイジメいくない」
と言われましたが、いじめてませんよ?(笑) それではまた、どこかで。

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