「甘味処間宮にて」(注:アニメの設定準拠のお話です) 


 とある鎮守府のとある司令部。そこにある甘味処「間宮」では今日も駆逐艦達が
給糧艦間宮の振る舞う甘味で訓練の疲れを癒やしていた。
 
「はい、おまちどおさま」

 間宮さんが器に山盛りになったこの店の看板メニューの特盛りあんみつを持ってきた。
いつものことながら色めき立つ駆逐艦達。第三水雷戦隊所属の吹雪と夕立と睦月だ。

「うわー、おいしそう」
「吹雪ちゃん食べる前からうっとりしすぎっぽい」
「間宮さんの特盛りあんみつはおいしいからね」

 目の前のあんみつを見てほわわんとなる吹雪。そんな吹雪の様子に夕立が笑いながら
突っ込みを入れ、睦月がフォローに入る。

「はあ、しあわせ」
「早く食べないととけるっぽい」
「いただきまーす」

 未だほわんとしている吹雪を尻目に食べ始める夕立と睦月。頃合いを見計らって夕立が
吹雪のほっぺをぷにぷにと突っついた。

「溶け始めてるっぽい」
「え、えーっ」

 我に返り慌てて食べ始める吹雪。てっぺんのソフトクリームがへにゃっとした感じに
形を崩し始めていた。

「吹雪ちゃん気がつくの遅いっぽい」
「今日はなかなか戻ってこなかったね」

 笑う夕立に苦笑する睦月。吹雪はここしばらくの間、練度を向上させるために朝から
晩まで特訓に次ぐ特訓を重ねていてこの時間になると身体がへとへとなのだ。

「今日もこの後訓練?」

 睦月がそう問いかける。

「毎日だと大変っぽい」

 ミニ最中をほおばりながら夕立が心配げに吹雪を見た。

「うん。那珂ちゃんと一緒に発声練習」
「発声練習って、なんだか訓練に関係ないっぽい」
「そ、そんなことないよね? ね、吹雪ちゃん」

 腹筋がどうとか体幹がどうとかと聞きかじりの言葉を並べる吹雪。彼女もよくわかって
いないようだ。


 そんな話をしながらあんみつを食べる三人。ある程度片付いたところで吹雪が店内を
見回し、店のある場所で目を止めこう呟いた。

「そう言えば間宮さんってメニューたくさんあるよね。特盛りあんみつがおいしいから
そればかり食べているけど、ほかのってどんな味なんだろう」
「間宮さんのはどれもおいしいよ」
「うんうん」
「そうなんだー。じゃあ私今度あれ食べてみようかなあ」

 壁に掛けられたメニューの札の一つを吹雪が指さした。その指先を見て夕立の顔色が
変わる。睦月も笑顔が張り付いたまま動かない。

「宇治金時のスパゲティだって。どんな味がするんだろうー」

 吹雪が目をキラキラと輝かせている。

「ふ、吹雪ちゃん、あれは……その……」
「やめておいた方がいいっぽい、っていうかやめた方がいいよ」

 珍しく夕立が断定口調で言い切った。

「え? 夕立ちゃん睦月ちゃんそれどういう……こと?」

 驚いた顔で吹雪が夕立を見つめる。

「あれは私と睦月ちゃんが第三水雷戦隊に配属されたときのこと。先輩達がここに連れて
きてくれたの」

 うつむき加減で過去を思い出すように言葉を紡ぐ夕立。いつもとは違う口調になって
いることに気がついてゴクリと唾を飲む吹雪。

「そうそう、歓迎会だーって川内さんが言って、なんでも好きなもの頼んでいいよーって」
「配属決まって舞い上がってた私はたくさんのお品書きに目移りして、どうしよう
困るっぽいーってなかなか決められなくて、でも先輩達を待たすのも悪いと思って
ひときわ目を引くものを選んだ」
「夕立ちゃんがあれ食べてみたいっぽいって指さしたんだよね。そしたら先輩達一瞬
固まって、そうかそれに挑戦するのかおまえは勇者だなって」
「あの時私は、スパゲッティに宇治金時なんてよそじゃ食べられないっぽい、そう言う
のは食べておくべきっぽいってそう思った」
「先輩達の様子を見て、あそこでやめておけば良かったよね」

 忌まわしい過去を思い出すかのような夕立。口調まで変わってしまった彼女の醸し出す
雰囲気が起きた惨劇の大きさを物語っていた。

「しばらくして間宮さんがにこやかに運んできたのは」
「は、運んできたのは?」
「ほかほかと湯気の立つ緑色のスパゲッティ!」

 そう、運ばれてきたのは、抹茶色の麺に甘い抹茶味のソースがかかり、大量のあんこと
生クリームと白玉団子でトッピングされた、ほかほかのあまいあまーいスパゲティだった
のだ。

「まさか……そんな……」

 光景を想像して絶句する吹雪。

「宇治金時のかき氷の代わりに冷たいパスタを使って、抹茶とあんこをデザート風に
トッピングしたものが来るんじゃないかって期待していた私はまずその姿にうろたえた。
こんなのあり得ないっぽいって心の中で叫んでいた。でも先輩達の前でそんなことも
言えなくて、わー、お、おいしそうっぽいなんて言って、フォークで一口分を丸めて
口に……」

 ほかほかと湯気を立てるパスタ、熱で形を失って流れ始める生クリーム。食感は
パスタで、でも味はあくまで甘く、甘く、甘い。まるで麺にシロップまで練り込まれて
いるのではないかという甘さの麺。そこに生クリームが絡みあんこが乗り……。

「夕立ちゃんはおいしいっぽいとかいけるっぽいとか大丈夫っぽいとか言って初めの
うちはニコニコと食べてたの。でもそのうちだんだんと言葉が少なくなって、でも黙々と
それでもがんばって黙々と食べ続けてた。川内さん達が無理するなって言っても、その
フォークの動きは止まらなかった」

 その時の光景を思い出したのか睦月の目に涙が浮かぶ。

「ほかほかと甘くほんのり苦みの利いた麺、熱でどんどんとけて麺に絡みつく生クリーム、
ボリューム感のあるあんこ、そこにトッピングの白玉団子が追い打ちをかける。食べても
食べてもなくならない大盛りサイズ。でも頼んだ以上逃げるわけにはいかない。退くわけ
にはいかない。そんなこの世の地獄が、そこにはあった」
「そ、そこまで……」
「だって、だって、食べてる端から麺が増えるんだよ。食べても食べてもなくならないん
だよ。もうありえないっぽい。ありえないっぽいー」

 記憶をたどりやはり涙を浮かべる多少錯乱状態の夕立。

「結局夕立ちゃんはスパゲティを食べきったの。先輩達は見上げた水雷魂だって褒めて
くれてたけど、それからしばらくの間夕立ちゃんは誘われてもここの敷居をまたぐことが
出来なかった。それほどあれは強敵……。それでも吹雪ちゃん、あなたはそれに挑むと
いうの?」

 睦月が吹雪の目を見据え、その覚悟を確かめるように言った。

「そんな、そんなにすごいメニューだったなんて……。今の私じゃ太刀打ちも出来ない
かも。夕立ちゃんすごいね、それを食べきったんだよね。わかった、私負けない。
きっといつか宇治金時スパゲティを食べきって、赤城さんの護衛艦になる!」

 胸の前で拳を硬く握り、決意を新たにする吹雪。

「全然堪えてないっぽいー。っていうか後半関係ないっぽいし」
「でも、なんだか吹雪ちゃんっぽいよね」
「ぽいー」


 その後、吹雪が宇治金時スパゲティに挑んだかは定かではない。だが、今でも間宮の
完食難関メニューとして宇治金時スパゲティはお品書きに燦然と輝き誇っている。


「そうそう、春になるとイチゴ練乳スパゲッティ、夏にはマスクメロン生ハム
スパゲッティが期間限定メニューで登場するっぽい」


 恐るべし、甘味処間宮。


fin


あとがきに代えて
 拙作をご覧頂きありがとうございました。このお話を書いた当時ちょうど放映中だった
艦これのアニメから各キャラと舞台設定を拝借し、アニメの中に出てくるちょっとした
小ネタを膨らませてみました。アニメのあの3人のやりとりを再現できていれば幸いです。
非常にわかりやすくかつ使いやすいネタだと思いますので、同ネタ多数なのは覚悟の上。
もし元ネタがわからない方がいるようでしたら「宇治金時スパゲティ 甘口小倉抹茶スパ
 艦これ」あたりのキーワードで検索すると事の次第がわかるのではないかと思います。
 それではまたなにかの機会に。


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