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 数週間後。
 僕はセリオのシステムDVDROMの解析を行っていた。
 本来このようなことをすると保証の対象外になってしまうのでやらないのだが、今回はちょっとわけありだった。
 原因はセリオのしゃべり方だ。
 部署のみんなから、

 「仕事ができるのはわかったし、とても助かっているが、あの無表情で無機質な声はどうにかならないものか」

 という要望を受けたのだ。
 もともとセリオは人間のようなしゃべり方をするようになってないし、表情に至っては望むべくもない。
 メーカーの問い合わせても埒があかないだろうから、自分で解析して何とかしてしまおうと思ったのである。
 ハード上の制約から表情を作るのは無理だとしても、声色とかしゃべり方くらいはなんとかなるんじゃないかと思ったのだ。
 しかし、まる一日費やしてわかったのは、フォーマットやデータが恐ろしく複雑で、ツール無しじゃデータ構築はおろかデータ解析すらできないと言うことだった。
 無駄なあがき、と言うわけだ。

 「はあ、今日はもういいや」

 いい加減疲れてしまい、DVDを取りだそうとしたところ、アイコンを間違ってごみ箱ではなくDVDプレーヤーにドロップしてしまった。
 やばい、データを再生したらスピーカーがいかれちゃうかも……
 僕はすぐにプレーヤーを止めようとした。
 と、そのとき。

 「ちゃんちゃちゃ~ん。く~る~ぅす~が~わ~♪」

 という来栖川グループのCMでよく流れるロゴが出てきたかと思うと、画面にアニメーションが映し出された。
 それは、3頭身に可愛らしくデフォルメされた、笑みを浮かべたセリオだった。

 画面の中の彼女が話しかけてきた。
 「――えへ。みつかっちゃった。こんにちは、智博さん」
 「――このアニメーションはあなたのセリオをよりあなた好みに変える方法を説明するものです」
 「――でも、これはあなたの趣味の範囲内であなたの責任で行なって下さいね。何か起きても私たちは責任を持てません」
 「――ついでに言うと、このアニメに関してメーカーには問い合わせないで下さいね。これは私たちの生みの親が自分達の趣味で入れた説明ですから」
 「――では、なにをどうすればどうなるのか、説明をよく聞いて下さいね」

 僕は食い入るように画面に見入っていた。
 そして、必要な部分をメモに取るとすぐさまセリオのところへ向かった。
 

 セリオは星野さんに教わったことをもとに、書類の整理をしていた。

 「セリオ、今やってる仕事は何時頃に片づく?」
 「――はい、永野さん。今残っている量ですと約30分と推測されます」
 「じゃ、片づいたら僕のところまで来てくれ」
 「――承知いたしました」

 ・・・・
 きっかり30分後、セリオが僕のところにやってきた。

 「――失礼いたします。なんのご用でしょうか?永野さん」
 軽く首を傾げてセリオがそう言った。

 こういうしぐさはとてもかわいいんだが、みんなは無機質だとか色々言うんだよな……

 「わざわざ来てもらってごめんね。ちょっとデータを調べたいと思って」
 「――これまでのデータでしたら、朝ご報告したとおりですが」

 小首を傾げながら続ける。

 「うん、仕事のデータじゃなくって、セリオの基本データのことなんだ」
 「――私の基本データにはなんら問題は見受けられません」

 む、案外頑固だな。

 「いや、僕が個人的に参考にしたいだけなんだ。今後の管理のためにもね」
 「――お呼びになったご用件は理解しましたが、現在の時刻は就業時間内です。私用目的は就業規則に抵触すると考えられますが」

 僕は時計を見た。
 確かにまだ5時前だ。

 「あ、そ、そうだっけか?」
 「――永野さんが”今すぐに”というのであれば特権事項として最優先させます」

 特権事項で最優先?!
 そうか、僕はセリオのマスターなんだから強く言えば通っちゃうんだ。
 いけない、いけない。

 「あ、そうまでするほどのことじゃないから。えっと、今のペースだと今日は何時くらいまでかかりそう?」
 「――本日の仕事量ですと、突発的対応事項がなければ5時30分に終了の予定です」
 「うん、それじゃ今日の仕事が片づいたら来てもらえるかな?」
 「――はい、かしこまりました」
 セリオはそう言うと、深々とおじぎをして戻っていった。
 確かに人によっては慇懃無礼と感じるだろうなぁ…… あの口調とあのおじぎは。

 僕は端末に向かうと、セリオのメンテのお知らせメールを部署の全員に送った。
 ”メンテのため、セリオは今日の夜間、突発事項に対応できません”
 

 5時30分過ぎにセリオがやってきた。

 「――お待たせいたしました。」
 「仕事は片づいたんだね。じゃ、始めようか」
 これからの作業にはセリオのメンテユニットが必要なので事務室へ移動する。

 セリオをメンテユニットにセットしメンテナンスモードに移行させる。
 メンテユニットの端末にメンテナンスモードへの移行プロセスが表示され、流れていった。
 しばらくしてセリオのシステムが停止した。

 「System sleeped...」

 メッセージを確認してから、作業を始める。

 「まずは…… えーっと、なんだ? ああ、今日のバックアップからか」
 コマンドを入力してバックアップを開始する。

 コーヒーを一杯飲み終えた頃、バックアップが終了した。

 「お次は……と、不可視属性のファイルを探して属性の変更かぁ」
 ファイルツールを使い、不可視属性になっているファイルを見えるように変更する。

 「んで、必要なファイルを作業ディレクトリに……と」
 バラバラに置かれているファイルを作業ディレクトリに全て集めてくる。

 これで準備完了。

 「んじゃ、このプログラムを走らせて…… おお、動いた動いた」
 画面にセリオのカスタマイズツールのロゴが表示され、続いて設定メニューが現れた。
 むう…… かなり細かいことまで設定できるらしい。
 抑揚の上げ幅や語尾を伸ばす場合のデュレイタイムまで設定項目に入っている……
 いや、話は口調だけの問題ではなかった。
 擬似感情システムと学習機能を導入することができるのだという。

 「こりゃサンプルでもないと設定しきれないなぁ……」
 下手に設定したら今よりもおかしくなりかねない。

 「どこかに参考資料とかは…… お、あった、あった」
 ヘルプによると、ありがたいことにひな形があるらしい。
 それを元にすればいいだろう。
 幾つかあるひな形を順に調べていく。

 「すごいなぁ デフォルトの他に、おねーさんタイプ、妹タイプ、優等生タイプ…… おわ、若奥様なんてーのまであるのか?!」
 ひな形ファイルは全部で10数種。
 その中から、明るいOLさんタイプを選んだ。
 というかそれくらいしか適当なのがなかったのだ。

 「製作者、趣味に走りすぎだよ……」
 そうつぶやきつつ、ひな形を元に変更を始めた。

 設定を変えては確認ツールで確認を行う。

 途中、部署の人間が顔を出しに来たが、構っている暇はなかった。
 作業は空が白むまで続いた。
 

 明け方、僕はにやにやとディスプレイを眺めていた。

 「連中、きっとびっくりするぞ」
 自然と笑みがこぼれてくる。

 「よし、本体の起動だ」
 一晩かけて設定した情報をざっと見直すと、おもむろにセリオを起動した。

 ブーン、という音とともにブートプロセスが始まった。
 端末上では散々テストをしたが、実際に起動したセリオではまだ試していない。
 期待と、一抹の不安……
 その不安はセリオの一言で吹き飛んだ。

 「――おはようございます。永野さん」
 設定した通りの明るくて元気な声。
 表情をつけれるなら、きっとにっこりと笑ってくれそうな、そんな声だった。
 この歳になっての徹夜は正直辛かったけど、それもすっ飛んでしまった。

 「――お疲れのようですけれど、大丈夫ですか?」
 顎に指をやり、少し首を傾げてセリオが聞いてくる。

 「ああ、大丈夫さ。なにかおかしなところはないかい?」
 「――はい、自己診断テストの結果、異常は認められませんでした」
 よし、パラメーターをいじったための不具合もとりあえずなさそうだ。

 そう思ったら気が抜けたようだ、急に睡魔が襲ってきた。
 軽く寝た方が良さそうだ。

 「ちょっと仮眠を取るから、8時半になったら起こしてもらえるかな?」
 時計を見ながらセリオに頼む。
 とりあえず2時間は寝れる。

 「――かしこまりました。では8時半に声をお掛けします」
 頼むよ、と右手を挙げると、僕は仮眠をしに会議室に向かった。
 

 ざわざわ……
 ざわざわざわ……

 「ん…… うるさいなぁ……」
 あたりのざわめきのせいで目が覚めてしまった。

 時計を見る…… まだ8時だ。
 仕方なく会議室を出ると、事務室の前にちょっとした人だかりができていた。
 これが騒がしさのもとらしい。

 「おはようございます。なにか、あったんですか?」
 手前にいた一人に声をかけると、みんなが一斉にこっちを向いた。

 「あ、な、永野君。セリオが……」
 予想通りみんな驚いてる。

 「セリオがどうかしましたか?」
 「セリオの口調が昨日までと違うんだけど……」
 そりゃあそうだ、徹夜でいじったんだから。

 「ええ、みんなのリクエストにお答えして、口調を変えてみたんですよ。かなり苦労しましたけどね」
 苦笑混じりにそう言うと、僕は事務室に入った。

 ありゃま……
 事務室の中もセリオが居るあたりを中心に人の輪ができていた。

 「あ、永野さ~ん、セリオさんどうしちゃったんですか?」
 僕の姿を見つけた星野さんがやってくる。
 そういや、メンテするとはメールしたけど内容は書かなかったっけかな?
 失敗。失敗。

 「――ですから、異常ではなく設定の……」
 向こうでセリオが事情を説明しているが、にわかには信じて貰えないらしい。
 事実を事実として受けとめないところが、うちの研究所の悪しき伝統だ。
 セリオがこういう風になった以上、「どうやったんだろう?」であって「なにかがおかしい」ではないと思うんだが。

 「――永野さん、みなさんわたしの説明を信じて下さらないのですが……」
 セリオは僕を見つけると、憮然としたような、少し悲しみの混じったような声でそう言った。
 僕はちょっといらだちながら、努めて冷静に、しかしみんなに聞こえるくらいの大きい声で説明を始めた。

 メンテナンス中にいろいろと設定をいじった結果、セリオのしゃべり口調を人間らしくできたこと。
 彼女は学習機能と自己判断機能を持っているから、応対は単純なパターンによるものではないことなどを。
 ついでに、前もって連絡しなかったことを詫びておいた。

 全員が納得したのか、それぞれ持ち場に戻っていく。
 向こうで星野さんと部長が騒ぎ立てて悪かったとセリオに謝っていた。
 セリオはセリオでえらく恐縮している。
 星野さんとセリオ。
 二人が頭を下げあっている姿が、とても自然に見えたのは気のせいだろうか?


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