さてこの話はこれでおしまい。
セリオのメンテを始めよう、と思ったら……
「あ、そうだ、永野君、悪い悪い。もう一つ教えてもらえないかな?」
と、部長に呼び止められた。
部屋を出ようとしていたセリオと一緒に、部長の机の前に戻る。
「なんですか? もう一つって」
「いや、さっきセリオのCPUの使ってなかった部分を使えるようにする、と言ってたけど、具体的にどんなことをやってるのかと思ってさ」
はぁ、とわからないように溜息。
さっきの説明はやぶ蛇だったらしい。
部長の好奇心を刺激してしまったようだ。
もっとも、この歳でこれだけの好奇心があるからこそ、研究所の部長なんかをやってられるんだろうけど。
「……かなり難しいですよ」
とりあえず、腹を据えてそう言った。
確かに難しい話だから。
ほんとに。
「僕だって全部わかってるわけじゃないですから」
これも本音。
さて、どう来るかな?
「……わかった、なるべくわかりやすく頼むわ」
……大真面目に帰りが遅くなりそうだ。
仕方ない、わかる範囲でなるべくわかりやすく説明するか……
「えっと、なにをやってるか、の前にセリオのCPUがどんなものか説明しておきます」
ほとんどお題目のような説明。
でも、セリオのCPUはそこいらのCPUとは違うからどんなにうっとおしくても必要なことだ。
「セリオのCPUですが、超並列処理神経演算網……」
「――超並列処理演算神経網プロセッサ、です」
度忘れしていたらセリオが小声で助け船を出してくれた。
感謝感謝。
でもこの近さじゃモロバレなんだけどね。
「そう、その超並列処理演算神経網プロセッサなんですが、いわゆるニューロコンピューターです」
「並列処理とかニューロとか、言葉だけは聞いたことがあるな」
部長がうなずいている。
多分、掛け値なしに、言葉しか知らないんだろうけど。
「部長のパソコンのCPUのような”単独でもそこそこのスペック”のCPUが複数入っていて、お互いがニューロンのように複雑に絡み合って出来上がっているCPU、と言うことだそうです」
……だそうです、ってあたりに弱さを感じる。
セリオの訂正が入らないから、大きく間違ってることはなさそうだ。ちなみに”ニューロン”と言うのは人間の脳の神経一つ一つのことで、「ニューロンの繋がり=記憶」なんだそうだ。
もちろん聞きかじった知識なのは言うまでもない。
「今までのパソコンとかに使われてるCPUとは、そもそもの発想が違う…と思っていいんだろうか?」
「ええ、その通りです。このCPU… もはやCPUっていうのかもわからないですけど、これの特徴は非常に高度な学習機能と連想能力を有する部分です」
「ほう」
「今までのものと違って、人間と同じような学習の仕方をするんです。もっとも、人間の脳にはどうがんばってもかなわないですけど」
「人間と同じか…… オレが永野君くらいの時には、考えもしなかったよ」
部長が感慨深げにそう言う。
その視線は、僕の後ろのキャビネット、の更に向こうに向けられているみたいだった。確かにこの分野の進歩は早い。
僕も時たまついていけなくなるくらいに。
……
しばしの間。
……とそこにコーヒーのいい香りが漂ってきた。
「――コーヒーが入りました。いかがですか?」
セリオがちょうどいいタイミングでコーヒーを煎れてくれた。
ふう、ホッと一息。
相変わらずセリオの入れるコーヒーは美味しい。
コーヒー好きの部長も一目置くくらい。