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 「ところでな、永野君」
 「なんですか?」
 「さっき、あのプログラムを入れたセリオは人間と同じように学習するから、同じ育ち方をしないと言ってたけど」
 「ええ、言いました」
 

 それは間違いない。
 100人セリオがいたら、100通りの育ち方をするはずだ。
 もちろん、理屈の上では、だけど。
 

 「とすると、セリオの対応の仕方というのは、もはや誰かによってインプットされたものではなくなっていると言うことなんだろうか?」
 「さあ、僕はセリオじゃないからわからないです。その辺はどう?セリオ」
 「――私にもわかりません」
 

  セリオですらわからないんなら、僕にもわからない。
 

 「――わかりませんが、一つ言えることは”どこまでが基本プログラム、人間で言えば本能のようなもの”で”どこからがここで学んだもの”なのか、私にはすでに判断できなくなっていると言うことです」
 

 僕が一つだけ言えることは
 

 「試験導入されてきたセリオは、いつのまにか”うちのセリオ”になった」
 

 と言うことだ。
 
 
 
 
 
 
 

 「そっかあ、なるほどな……」
 

 部長が一人で納得してる。
 気になるなあ……
 

 「なにを納得してるんですか?」
 

 気になったので聞いてみた。
 

 「いや、な。 周りのみんなを手本にして人間と同じように学び、育っていく。まるで人間の子供みたいだと思ってな。で、人間の子供のようにセリオも育ちつつあるのだとしたら、僕らの責任は重大だなあと思ったりしてね」
 

 セリオがここまでどう育ってきたか、これから育っていくのか、それは僕たち次第だと言うことだ。
 

 「確かにそうですね。セリオがどう育つかは周りの環境、すなわち僕ら次第なわけですから」
 

 親父の気持ちがちょっとだけわかったような、そんな気がした。
 

 「それでな、セリオがたまに見せる笑顔とか照れくさそうなしぐさを見てると、まるでセリオが人間と同じように見えてくるんだが。 やっぱりあれだろうか? セリオも人間のような感情とかココロを持っていると思っていいんだろうか?」
 

 一瞬、空気が固まった。
 うちの部長は時折、こんな感じのことをズバッと聞いてくる。
 たとえそれが自分にとって門外漢のことでも。
 
 
 
 

 少しして。
 

 「――私にはわかりません」
 

 セリオが困ったようにそう言った。
 無理もない。
 多分そんなこと考えてみたこともないだろうし。
 

 「ココロがあるかどうかなんて、僕はどうでもいいことだと思います」
 

 これが僕の本音。
 

 「ココロがあろうとなかろうと、うちのセリオはこうして僕たちと一緒にここに居るんですから」
 「そうだな、白黒つけなきゃいけないものでもないだろうしな」
 「ええ。気にする人はとことん気にするんでしょうけど、少なくとも僕にとってはどうでもいいことです」
 

 そう言ってセリオの両肩を両手でポンっポンっと叩いた。
 

 「だから肩ひじ張らなくていいよ。セリオ。さっきも言ったろ、セリオはセリオになればいいんだって」
 「――はい」
 

 そう、感情があるとかないとか、ココロがあるとかないとか、そんなはどうでもいいことだ。
 少なくとも表面上の話でしかない。
 大事なのはセリオは”セリオ”なんだと言うこと。
 そのセリオが育って行く過程で、僕と同じになる必要はないし、星野さんや部長と同じになる必要もない。
 セリオはただ一人の”うちのセリオ”になればそれでいいのだから。
 
 
 
 

 「おっと、もうこんな時間か。永野君、セリオ、時間取らせて申し訳なかった」
 「いえ、構わないですよ。こういう話ってなかなかできないですし」
 「いや、ほんとありがと。お陰でちょっとだけセリオのことに賢くなれた気がするわ」
 「気がするんじゃなくて、なってくださいね」
 「――今度テストしてみましょうか?」
 「あははははっ それは勘弁してくれよ、セリオ」
 
 

 夜の部長室、微笑むセリオを真ん中に、部長と僕の笑い声が響いていった。
 

fin991122


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