なつまつり
 

ピッピッピーヒャララ
ピーヒャララ ピッピッピー

・・・
祭囃子で目が覚めました。

いつもより30分早い時間。
荷台に櫓を組んだ町内の車が走っていきます。

マスターの布団はもうもぬけの殻。
いつもはいくら起こしても起きないのに。

トントントン・・・
階段を降りてお店に向かいます。

カチャリ
お店のドアを開けます。

・・・マスターはもうお店にいました。
新聞から目を上げて、にっこり微笑んでいます。

準備万端整ったいでたち。
一体何時から起きていたんでしょう。

わくわくして早く目が覚めちゃうなんて
まるで子供みたい。

急いで朝ご飯の支度です。
起こしてくださればいいのに・・・

朝ご飯がすんだら、今日の支度にかかります。
水筒に氷と冷たい水を詰めて・・・

あ、そうそう、忘れちゃいけない。
お店のドアに張り紙をします。

「本日お祭りのためお休みです」
 

わたしの準備が整った頃、町内の人が迎えにきました。
マスターは法被姿で気合十分です。

町内の人たちも法被姿。
わたしは動きやすいようにパンツルックです。

マスターは年甲斐もなく御神輿の担ぎ手。
もう若くないのに、そんなことして大丈夫かしら。

わたしは子供たちが引く山車のサポート。
一緒に付き添って歩きます。

青い空に、もこもこと入道雲。
今日も暑くなりそうです。

さて、出かけましょうか。
 

神社の境内につくと皆さんが集まり始めたところ。
子供たちが境内を走り回ってます。

今からそんなにはしゃいじゃ、すぐに疲れちゃうよ。
笑いながらそう声をかけます。

境内の奥には御神輿と山車。
朝の眩しい日差しの中に浮き上がって見えます。

なんとなく誇らしげで、ちょっと、素敵です。
 

ほかの町内の人たちも、境内に集まってきました。
町ごとに集まってなにやら打ち合わせをしています。

マスターをはじめとして、みなさんとても真剣な顔付き。
普段とは違う一面です。

打ち合わせが山車の話題になったみたい。
わたしも呼ばれて輪に加わります。

今日はいつにも増して暑くなりそうだ、とのこと。
いつも以上に子供たちの様子に気を配らなくちゃ。
 

みんなそろったところで、神主さんのお払です。
みなさん神妙な顔つきで詔を聞いています。

今年も怪我のないように。
わたしもお祈りします。

これから御神輿と山車のお披露目に出かけます。
町内ごとに順番に。

昔は町内同士で御神輿をぶつけ合ったり、
どれだけ早く山車を引っ張るか競っていたそうです。

毎年とても盛り上がり、それは勇壮だったそうですが、
その分怪我する人も多くて、今の形になったそうです。

一度は見てみたかったなぁ・・・
 

お払いが済んだらいよいよ出発です。
町内ごとにまず御神輿、次に山車の順番です。

出発する順番は毎年くじ引き。
うちの町内は、今年は殿(しんがり)を務めます。

山車の主役はお母さんと子供たち。
わたしも水筒を持って一緒に歩きます。

ピーピッピッ
よいしょ、よいしょ。

先導役のおじいさんがホイッスルを吹いています。
子供たちが一生懸命に山車を引きます。

みんな生き生きとして素敵な顔。
おしゃべりしながら、とても楽しそうです。

きょろきょろ・・・
日差しが強いけど、うん、みんな大丈夫そう。

ふらついてる子もいないし、顔色の悪い子もいない。
毎年一人はいるんですけどね。
 

コースを半ば過ぎた頃、子供たちに呼ばれました。
具合が悪い子がいるのかと急いで駆け寄ると

お姉ちゃんも一緒にひっぱろうよ〜

とのこと。
よかった。調子が悪いんじゃないんですね。

ちょっとホッとして、とてもうれしくて、
思わず笑顔でうなずいてしまいました。

町内の役員さんに了解をいただいて、
わたしもみんなと一緒に山車を引っ張ります。

お姉ちゃんも仲間に入れてくださいね。

ピーピッピッ
よいしょよいしょ

みんなでこうして山車を引くのってとても楽しいです。
まわりの子達とおしゃべりしながら引っ張ります。
 

ピーッピッピッ
よい、しょ・・・

神社まであと一息。
子供たちの口数が減ってきました。

さすがに疲れたみたい。そう思った矢先、
後ろのほうでわたしを呼ぶ声がしました。

大急ぎで駆け寄ります。
小さな子がお母さんのひざの上でぐったりしています。

お母さんもどうしていいやら、大騒ぎ。
おばあさん達がとりあえず日陰に移してくれたみたいです。

山車を引くのに夢中で、ちっとも気づかなかった。
付き添い役、失格です。

楽な姿勢にして、倒れた子の様子をうかがいます。
どうやら脱水症状のようです。軽い日射病の症状も見られます。

急いで衣服を緩め、水を与えます。
手ぬぐいを水筒の水でぬらして、額に当てます。

お母さんの叱責の声が聞こえます。
ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら処置を続けます。

できるだけの手当てをして、しばらく様子を見て・・・
小さい子だけに気が抜けません。
 

・・・
・・・

身体の火照りもおさまってきたし、水分もかなり取ったし、
とりあえず大丈夫そう。ほっと一息です。

お母さんに謝ろうと思ってあたりを見ると、
おばあさんたちに逆に怒られています。

自分の子供の面倒くらい見れなくてどうするの。
自分が至らないのにあの子のせいにするのかい、と。

あわてて、とりなしに向かいます。
調子に乗って自分の役目を忘れたのは、わたしなんですから。
 

最後の最後で大きなミスをしてしまいましたが、
なんとか神社に戻ってきました。

先についた人たちがおいしそうに飲み物を飲んでいます。
マスター達は昼間からビール。

動いてすぐに飲むと酔いがあっという間に回ると言ったら、
かえって効率がいいですって。

あきれたものです。
でもみなさんとてもいい顔をしています。

わたしはさっきのことでかなりブルー。
おばあさん達の慰めと労いの言葉も身体をすり抜けていきます。

あまりに様子がおかしかったのか、
マスターがこちらにやってきました。

わたしの顔を覗き込むと、何も言わずに頭をなでてくれます。
わたしのミスを責めもせず、やさしくやさしく。

ぽろぽろ・・・
あ、あれ。へんですね。涙が止まらないです。

ぽろぽろ、ぽろぽろ。
あとからあとから溢れてきます。

役目を忘れた自分が悔しくて。
おばあさん達やマスターの優しさがうれしくて。
 

・・・
・・・

ひとしきり泣いたら、気が楽になりました。
心配そうに見ていたおばあさん達に、お礼を言います。

町内の皆さんにご心配かけたみたいです。
ごめんなさい。もう、大丈夫です。

帰り支度をしていたら、さっきの子がやってきました。
恥ずかしそうにもじもじしています。

もう大丈夫そうですね、と微笑みかけます。
なんだか恥ずかしそうにうつむいて、何か言いたげです。

わたしが小首をかしげながら
どうしたの?そう声をかけると・・・。

椎那お姉ちゃん、どうもありがとう。

・・・

うれしくて、照れくさくて、
その子をキュッと抱きしめました。

向こうにはばつの悪そうな様子のお母さん。
さっきはごめんね、と手を振っています。

青い空に、白い入道雲。
照り付ける暑い日差し。

何年たってもきっと忘れない。
そんななつまつりに、なりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがきへ。