まつりのよる
 
 

うーらの ちんじゅの かーみさまのー♪
きょーおは めでたい おーまつりびー♪

横を歩く裏のおばあちゃんが歌っています。
ずっと昔の歌だと教えてくれた歌です。

どんどん ひゃららー どんひゃららー♪
どんどん ひゃららー どんひゃららー♪

わたしも一緒に歌います。
二人の歌声が、夕焼け空に流れていきます。
 

今日は神社のなつまつり。
裏のおばあちゃんが縁日に行かないかと誘ってくれました。

今日の昼の主役が御神輿ならば、
さしずめ縁日は夜の主役。

主役と言っても、神社の境内に夜店が並ぶ程度のもの。
訪れる人もそんなに多くはないんですけどね。

二人で歩いていくと、向こうに縁日の明かりが見えてきました。
そこだけが浮き上がるように明るい光を放っています。
 

本当はマスターも一緒に、と誘ったのですが、
近所の寄り合いに連れて行かれてしまいました。

寄り合い、ご近所で集まってお酒を飲むための口実。
マスター、あまり強くないのに・・・

こうして、とっておきの浴衣も着たのに。
見てくれる人がいないんじゃつまらないです。

せっかく一緒に見てまわれると思ったのになあ・・・
 

神社に着く頃には日もとっぷりと暮れていました。
あたりを照らす提灯の明かりが、夜空に映えています。

横にいるおばあちゃんは、なんだかうきうきしてるみたい。
どこから見てまわろうかと、わたしに笑いかけます。

わたしもなんだかうきうきした気分。
おばあちゃんの気持ちがうつったみたいです。

さて、どこからまわりましょうか?
 

えっと・・・ どうしましょう?
夜店がいっぱい出ていて、迷ってしまいます。

・・・・しばらく迷っていると。
じゃ、入り端(はいりっぱた)からまわろうかと言う声。

え・・・? この声は?
びっくりして振り返ると、着流しを着たマスターの姿が。

驚くわたしに、マスターはいたずらっ子のように微笑みかけます。
してやったり、といった感じです。
 

なんだかちょっと悔しい・・・
でも、その何倍もうれしさが込み上げてきます。

照れ隠しにそっぽを向いて、口を尖らせると、
マスターがわたしの顔をのぞき込んできました。

ぷっ、マスター変な顔。思わず吹き出してしまいます。
ずるいです。わざとあんな顔して笑わせるなんて。

横を見るとおばあちゃんも笑っていました。
つられてマスターも笑っています。
 

ひとしきり笑ってからマスターを良く見ると
団扇を扇ぎながら、真っ赤な顔で立っています。

汗をかいて、心なしか息も上がってるようです。
もしかして、走って来たのかしら?

手ぬぐいでマスターの汗を拭います。
マスター・・・ お酒臭い・・・

聞けば寄り合いで何杯か飲んで来たとのこと。
飲んですぐ走るなんて、倒れたらどうする気なんでしょう。
 

そうでもしないと許してくれないからねぇ。あの寄り合いは。
おばあちゃんが笑って言います。

まあ、怒んないでやんなさいな。一緒に回りたくて駆けて来たんだろうから。
おばあちゃん、すべてお見通しのようです。

でもまあ、あんたももうちょっと歳相応にしないと。
そうそう、そうです。まったくそう思います。

マスター、バツが悪そうにほっぺをかいています。
おばあちゃんの前では、形無しですね。
 

さて、そこの夜店から回ろうか。
話をはぐらかすようにマスターが言います。

そうね、早くしないと終わっちゃうわね。
と、おばあちゃん。どこから回るか決まったようです。

境内の入り口から一番近くにある夜店。
そこかしこに吊る下がった、赤や青や黄色の袋。

白い糸が、夜風にふうわりと流れているようです。
 

綿菓子、やきそば、あんず飴。射的に、輪投げ、金魚すくい。
様々な夜店が軒を連ねています。

早速マスターが綿菓子を買って来ました。
にこにことわたしとおばあちゃんに手渡してくれます。

甘くて、口の中でふうわりととけて、とてもおいしいです。
こんなお砂糖の固まりが、こんなにもおいしいなんて不思議です。

マスターがわたしの綿菓子を、味見だって言って食べてます。
食べたければ、自分の分も買えばいいのに。
 

綿菓子を食べつつ夜店を冷やかします。
マスターはいつのまにかラムネを飲んでます。

綿菓子を食べるわたし、ラムネを飲むマスター
二人並んだその後ろにおばあちゃんがいます。

こうしてみると、親子みたいだね。あんたたちは。
おばあちゃんが茶化すように言います。

小首をかしげるわたし、ラムネを吹き出すマスター
傍目には、親子に見えるのでしょうか。
 

・・・・
ある夜店の前で、マスターが立ち止まりました。

わたしも立ち止まってマスターの方を見ます。
マスターもわたしもいつになく真剣な表情。

勝負だ、椎那、とマスター。
返り討ちです、とわたし。

二人同時に夜店のおじさんにお金を渡します。
手渡される射的の鉄砲。縁日恒例の勝負です。
 

射的、コルクの玉を鉄砲につめて、的を狙い、
その的を首尾よく落せば景品としてもらえる、縁日の定番の夜店。

射的でいくつ的を落せるか競うのが、マスターとわたしの大切なきまり。
今日はおばあちゃんも飛び入り参加です。

三人並んで的を狙います。
コツは手をいっぱいに伸ばして、鉄砲が的にぶつかるくらいの所から撃つこと。

そうしないと小さい的には当たらないし、
当たっても向こう側に落ちないのです。
 

パシッ・・・・ パシッ・・・・
持ち弾は十発。

当たるのですか、なかなか的が向こうに落ちません。
マスターも苦戦中のようです。

あっという間に残り弾が少なくなっています。
せめて一つでも・・・そういう気持ちになります。

マスターも何とか一つ落そうと懸命のようです。
額に汗がにじんでいます。
 

どうしてでしょう?
こんな子供みたいなことにむきになって。

どうしてかしら?
でも、こんなにも、楽しい。
 

パシン ころころころ・・・・ パシン ころころころ・・・・
え?

横を向くとおばあちゃんがいとも簡単に的を落しています。
まだ半分も弾が残っているのに、すでに二つも・・・

マスターは一つも落せなかったようです。
恨めし気に的を見ています。

わたしは最後の一発。
狙いを定めます。
 

もっと上!
え?!

もちょっと、上だよ。
言われた通りに狙って撃ちます。

パシン!! ころころころ・・・
いともたやすく的が落ちました。

でもどうしてこんなに簡単に、落せたんでしょうか?
 

物事にはね、ツボってもんがあるんだよ。
驚いてるわたしに、おばあちゃんが笑って言います。

なんでもそう。射的だったら的のツボに当ててやればいいのさ。
なるほど・・・ 言葉になりません。

横でマスターが悔しそうにしてます。
おばあちゃんがアドバイスするなんてずるいって言ってます。

マスター子供みたいです。
とにかくこの勝負はわたしの勝ち。たこ焼はマスターのおごりです。
 

・・・・
・・・・

縁日の提灯の明かりがあたりを照らす中、
三人並んで歩きます。

たこ焼片手に得意げなわたし、その横で悔しそうな顔のマスター
そんな私たちを見ながら、おばあちゃんが楽しそうに微笑んでいます。

綿菓子、たこ焼、あんず飴。射的に、輪投げ、金魚すくい。
浴衣、着流し、下駄、草履。
 

お祭りの夜が ふけてゆきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがきへ。