たなばたのよる
 
 
 
夕陽が山の端に隠れて ようやく涼しい風が吹いてきました
カサカサカサと 笹の葉が風にそよいでいます

葉っぱとともに揺れる 短冊やかざり
何年かぶりに晴れた七夕の空に向かって 竹の先が大きくのびています

七夕だからと言って 特になにかするわけではないのですが
せっかくだから縁側に腰掛けて マスターと一緒に夕涼みです

空にのびる笹の葉と
その向こうを流れる天の川

お茶を片手に 2人でこうしていると
なんだか 時間が経つのを忘れてしまいそうです


「あっ…」「お…」
”キラリ”と空に一筋の流れ星 天の川を渡るように流れていきます

「橋が架かったかな?」 とマスター
「橋じゃなくて舟かも知れないです」 とわたし

「そりゃまたずいぶんと速い舟だなあ」
「きっと最新型です」

二人で空を見上げながら もう何度目かのそんなやりとり
不思議と 退屈しません


見はじめてから どのくらい経ったでしょうか?
新しく出したはずの蚊取り線香が 半分くらいになった頃

「あれま、夕涼みにしちゃ遅いわね」
そんな声とともに 裏のおばあちゃんがやってきました

「七夕に晴れるなんて滅多ないからなあ。ついつい見ちまったよ」
笑いながらマスターが声をかけます

「今、麦茶持ってきますね」
そう言って わたしが立ち上がろうとすると……

「ああ、いいからいいから、すわっといで。通りがかっただけだから」
おばあちゃんが笑って言います

他の方なら それでもやはり麦茶を取りに行くのですが
おばあちゃんが「いらない」と言うときは 本当にいらないとき

「それじゃのどが渇いたらおっしゃって下さいね」
とわたしが言うと

「うん、遠慮なく言うから気にしないでね」
そうおばあちゃんが微笑みます


・・・
しばらくして

「いい空ね」とおばあちゃん
少し傾きだした天の川を見上げています

「ああ、最近にない いい空だな」とマスター
珍しくビールを飲みながら ご満悦

「同じように見えて 星空ってこんなにも違うんですね…」とわたし
データで色々な星空を知っていますが 実際の空は微妙に違います

「昔に比べて、星がよく見えるようになったわね」
おばあちゃんが空を見上げたまま そうつぶやきます

「あたしが若い頃は、近くの街の明かりがすごくてね……」
思い出すように そう言います

「星なんてそんなにたくさんは見えなかったっけな」
マスターがそう継ぎ足します

……まだ わたしが生み出されて間もないころ
ここの夜空は 街の明かりが我が物顔に振る舞う そんな空でした

それから色々あって 街の明かりがおとなしくなって
今ではここの夜空も星々のものに……

わたしたちの頭の上で 星々が誇らしげに瞬いています


パシッ
突然 マスターが二の腕をたたきました

「……蚊ですか?」
蚊取り線香の煙は 風に流されてあまり効いていないみたい

「ビール飲んでるからね。真っ赤だから蚊がよって来るのさ」
おばあちゃんが笑いながらマスターにそう言います

「え!? もしかして刺されてるのはおれだけ?」
マスター 悔しそうです

「ほうら、ちっとも」 おばあちゃん 子供みたい
なんだか うれしそう

確かにおばあちゃんは刺されていないみたいですね
悔しがるマスターの顔をうれしそうに見ています

「椎那も刺されてないのか?」
「わたしは元々刺されない身体ですから……」

「あ、そうだっけか。忘れてた。ごめんごめん」
マスター 本当に忘れてたみたい

苦笑いしながらほっぺたをポリポリとかいています
照れ隠し ですね

「なんにしろ好かれるってのはいいことさ」
おばあちゃんが楽しそうにそう言うと…

「蚊に好かれてもなあ」とマスター またもや苦笑い
何度も聞いたやりとり でも何度聞いてもおかしいです


久しぶりに晴れた七夕の空 流れる天の川
たなびく蚊取り線香の煙と香り

ついつい空に見入ってしまう そんな七夕の夜でした


fin990814

 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがきへ。