僕とおじさん             by NTTTさん


   「床屋、行ってくるわ」
   おじさんが言う。
   遠い町に住んでいるおじさんは、毎年、この時期、うちにやってくる。
   そして、いつも床屋にいく。

   「あ、なら太一も連れてってくれるか」
   と、父さん。
   おじさんは、少し困ったような顔をして、僕を見る。

   「ま、いいか。ほら、着替えてきな」
   僕は、2階への階段を、とんとんと上る。


   分厚い皮の手袋に、少し、いや、かなりきつくなったジャンパー。
   2年前、初めておじさんが「相棒」に乗せてくれた時に、買ってもらったものだ。

   この時期にはさすがに暑くて、汗をかくのだけれど、この格好をしないと、
   おじさんは「相棒」に僕を乗せてはくれない。

   おじさんは、いつ見ても皮のジャンパーを着て、皮の手袋をはめている。
   「真のライダーは、ストイックで、格好よくないとな」
   父さんに話すと、いつも父さんは笑う。


   「早くしないと、置いてくぞ」
   おじさんの声。

   本棚の上のヘルメットをとる。
   埃をはらって、準備完了。


   おじさんの「相棒」は、サイドカーで、カーブのたびに、乗ってる僕はグラグラ
   揺れる。

   海沿いの道。

   揺れる僕に合わせて、遠くの水平線も、グラグラ揺れた。

   ほんの5分ほどのドライブ。


   床屋の看板の横に、おじさんはサイドカーを止める。
   僕は、少し汗をかいていた。

   ドアを開けて、さっさと入っていくおじさん。
   ついていく僕。

   床屋のおじさんは、新聞を読んでいた。
   顔をひょいと上げて、僕のおじさんを見る。

   「ああ、今年もそんな時期ですか」
   そういって、笑った。

   おじさんは、きょろきょろと店の中を見回す。
   「ええと、いつもの、人は?」
   ここに来るといつも、おじさんの声は、少し変になる。

   床屋のおじさんは、にっこりと笑う。
   「ああ、そうでしたね。椎那、お客さんだよ」

   店の奥から、椎那さんが出てきた。
   おじさんを見る。

   「いらっしゃいませ。また、一年ぶりですね」

   1年前と一緒の、そして2年前とも一緒のセリフ。

   「ひげを、頼む」

   おじさんのセリフも、一緒だ。
   声がちょっと変なのも、一緒。


   「太一くんは、今日は一緒に来ただけなのかい?」
   床屋のおじさん。
   僕は、首を振って、お父さんから、髪を切ってもらうよう言われたことを、話す。


   二人で並んで、鏡の前。

   鋏がチョキチョキ音をたてる。

   おじさんは、変に力を入れたような顔をしていた。
   見ている間、ずっとそうだった。
   椎那さんがシャボンをペタペタと塗っている間も、ジョリジョリとひげをそって
   いる間も、そうだった。


   おじさんと床屋を出る。

   「じゃ、また」
   おじさんは、いつもそれだけしか言わない

   「じゃあね、おじさん、椎那さん」
   「お父さんに、よろしくね」
   床屋のおじさんと椎那さんは、手を振ってくれた。

   サイドカーに乗る時、おじさんに聞かれた。
   「兄貴、よく、来るのか、ここに?」
   「うん。去年、父さんに言ったら、連れてきてくれるようになって、それからは、
   いつも、父さんと一緒に来るよ」

   帰りの道で、おじさんは少しサイドカーをとばした。
   不機嫌っぽかった。

   来年、おじさんと一緒に行く時まで、髪を切らないでおいてあげようかな?

   けど、父さんに怒られそうだ。

   だから、そのかわり、今度行く時は、椎那さんに、おじさんの名前を、教えてあげ
   ようと、決めた。









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ちひろです。
 このお話は、椎那シリーズをご覧になったNTTTさんが書いて下さったものです。
 ご本人曰く「読んだ感想代わりに」と言うことなんですが、とても良い感じに
椎那の世界を描いて下さっていたので、ご本人にOKを頂いて、番外という形で
掲載しました。
 読んで下さるだけでもありがたいのに、こうしてお話を書いて頂いて、
書き手冥利に尽きるなあ、とうれしさいっぱいな気分です。
 NTTTさん、ありがとうございました。






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