昼休み、おれはなんの気なしに屋上へ来ていた。
抜けるような青空に映える一本の飛行機雲。
「確か昼の便だって言ってたな・・・」
おれはその白い筋を、ぼーっと眺めていた。
「ヒロユキ、またネ」
そう言っておれの前から去っていった、初恋の人レミィ。
彼女との再会は、単なる偶然だったのだろうか。
それとも、神様の粋な計らい、だったのだろうか。
「きっとまた、必ず会えるさ。」
おれは空の彼方に向かって、そうつぶやいた。
・・・あれから6年。
高校を卒業した俺は、マルチの一件でロボットの制御システムに興味を持ち、ロボット工学の道を目指した。
受験はそれなりに厳しかったが、運の良さも手伝ってなんとか現役で工科系国内トップと言われる大学に合格できた。
あかりや雅史に言わせるとそれが俺の実力なんだそうだ。
その後、制御系ではかなり名の知れた教授の研究室に、なんとか入ることができた俺は、この春から大学院の修士課程に籍をおいている。
教授がやたらと俺に議論を振ってくるのには困ったものだが、先輩方に言わせると俺の実力を教授が認めているかららしい。
研究室に入った当初から、俺は教授が親しくしている企業の研究室で、研究をしている。
「外研」という制度で、企業の研究所でより実戦的な研究をするのが目的だそうだ。
俺が今世話になっているのは、あの’マルチ’を開発した部署、来栖川電工中央研究所第七研究開発室HM開発課だ。
マルチとセリオは今でも連続稼働試験の名目で動いており、マルチはいつも周りに笑いを振りまいている。
学習型のくせに、ドジなところは相変わらずだ。
俺自身、七研の人達には結構可愛がってもらっていて、研究もそれなりの成果が出ている。
主任にいたっては「修士(マスター)を出たらうちにくるように」と言ってくれている。
特にいやなことも、辛いこともない。
いい環境に囲まれ、いい人達に出会え、周りから言わせれば正に”順風満帆”と言うことらしい。
確かにそう思う。
こんな風に物事が進むなんて恐いくらいだ。
・・・ある一つのことを、除けば・・・
6月のある日。
七研の長瀬主任から、シカゴ行きの話を持ちかけられた。
7月のロボットショーに行ってみないかというのだ。
正直言ってびっくりした。
かわいがってもらってるとはいえ、俺は部外者だ。
確かに行ってはみたいが・・・今回はシカゴで開かれる。
他に行きたがる人はいくらでもいるだろう。
俺はそう思って丁重に辞退した。
3日後、またもや長瀬主任がロボットショーの話を持ちかけてきた。
「・・・いやね。適任者がいないんだよ。」 と長瀬さん。
「適任者・・・ですか?」 俺が聞き返す。
「適任者なら他にたくさんいるじゃないですか、俺なんかよりも皆さんのほうが適任だと思いますよ。 それに俺は社員じゃないですし。」 俺はそう説明した。
「ここの一員に変わりはないだろ? 少なくともここにいる全員がそう思っているよ。 それに・・・」
「それに?」 俺は長瀬さんの言葉を繰り返した。
「今回のロボットショーにはマルチとセリオを連れていこうと思ってるんだ。 長距離移動の試験と人混みへの適応性の試験という名目でね。」
「え?! で、でもそんなことしてプレスの目にでもとまったらとんでもないことになりませんか? あの二人のことは外部に公表してないんですよね? 特にマルチの心のことが知れたら・・・」
「うん、だから」 長瀬さんはにやっと笑って続けた。
「まず耳のカバーは外してしまう、で、あとはフォローする人間が、ばれそうになったらうまくフォローする。 ということで、上の許可はとった。 そのフォロー役が・・・」
「俺と言うわけですか?」
「そういうこと。 あ、大丈夫心配しなくていいよ。 セリオのほうのフォローはxxx君にやってもらうから、藤田君はマルチの面倒を見てくれるだけでいい。 どうやらマルチが一番なついているのが君のようだしね。」
「はあ・・・なんか一番大変な役回りみたいですね。」
「まあね、マルチの面倒を見れるのは君しかいないんだよ。 xxx君に見てもらってもいいんだけど、セリオが拗ねるしね。 もちろん他の連中には無理だし。」
長瀬さんは苦笑しつつそう言った。
確かにセリオはxxxさんにべったりだ。
もちろん業務は全てこなして、ではあるが。
xxxさんが休暇を取ると寂しそうにxxxさんの机を見ているし。
もっとも、xxxさんはxxxさんで時たま休みの日にもやってきて、セリオの相手をしているらしいから、まんざらでもないのかも知れない。
「・・・そういうことなら、お引き受けします。 皆さんには申し訳ないですけど。」
暫く考えてから、俺はそうこたえた。
「ただし、教授のOKがもらえたらと言うことでいいですか?」
「うん、じゃあ、井上さんには私から話をしておくよ。」 と言うと長瀬さんは上機嫌で自分の机に戻っていった。
忘れてた・・・うちの教授と長瀬主任ってツーカーの仲だったんだよな。
「こりゃあ、落ち着いては見てまわれないなぁ・・・」
この件がほぼ確定したことを悟った俺は、当日のドタバタを想像してつぶやいた。
次の日、教授にロボットショーの件を話したらあっさりとOKがでた。
おそるべし長瀬主任。
それから一月、海外なんざ生まれて初めての俺は、パスポートだなんだと準備に追われていた。
サッカーの海外遠征で経験豊富な雅史と、細かいところに気の届くあかりの手助けがなかったら、研究に埋もれて準備なんかできなかっただろう。
二人に感謝。
そうそう。
雅史は、高校卒業後サッカーで有名な某大学に推薦で入学し、在学中に日本代表に選ばれるほどの活躍を見せていた。
この春からJリーグ入りし相変わらずの活躍ぶりを見せている。
海外のチームからも引く手あまただと言うし、幼なじみとしてはうれしい限りだ。
おかげで雅史と会う機会はめっきり減ったが、おれとあかりと雅史。3人揃えばいつもと変わらないそんな関係が続いている。
あかりは大学の家政学部を卒業し、お袋さんと一緒に料理学校の先生をしている。
一度こっそりのぞきに行ったが、なかなかどうして、立派な先生ぶりだった。
もっとも、パッと見じゃ誰が先生なんだかわからない感じだったけど。
すっかり準備も整った出発の前日。
「遅くなるから」 とあかりが帰ったあと、俺は久しぶりに雅史と杯を交わしていた。
「すっかり世話になっちまったな。 雅史にも、あかりにも。」
「気にしなくていいよ。 僕もあかりちゃんも好きでやってるんだから。」
雅史は相変わらずの笑顔でそう言った。
全く頭の下がるおもいだ。
しばらくの間、雅史の活躍ぶりと昔話を肴に話をした。
懐かしい想いが酔いとともに全身を包みこんだ。
サッカーの話。
今でも雅史は俺にサッカーをやらないかと誘ってくる。
いい加減俺がどうこうできるレベルではないのに・・・だ。
昔話。
公園でのかくれんぼ。
UFOキャッチャーでクマをとったこと。
中学時代、暫くあかりを避けてたこと。
志保との出会い、そういえばあいつ国際ジャーナリストと称して、志保ちゃん情報を全世界にばらまいているらしい。 最近メディアに良く出ている。 若干は信憑性があがったのか?
高校時代の話。
あかりが髪型を変えたこと。 あれは本当にびっくりした。
マルチが学校に来たこと。 前に雅史にマルチに再会したと言ったら、驚いてたっけ。
超能力少女がいたこと。
エクストリーム同好会のこと。
来栖川先輩のこと。 そういえば今世話になってる会社の会長の孫だったっけか。
そして・・・
「ねえ、浩之」 不意に雅史が問いかけてきた。
「まだ、宮内さんのことを・・・」 大体予想はついていた。
「ああ、忘れらんねえ。」 レミィのことをそんな簡単に忘れるわけがない。
「もう、6年も経つんだよ。」
「わかってる。」 俯いたままこたえた。
「手がかり一つないんだろ?」
「ああ、なんにもわかんねえ。・・・わかんねえけど、でも忘れられねえ。」
「・・・」
「・・・」
「浩之・・・」
「わかってる。 どうにもならないんだと言うこともわかってる。 あかりに悪いことしてるっていうのもわかってる。 わかってるんだ、わかってるんだけど・・・俺は・・・」
「・・・」
重苦しい空気が流れる・・・
しばらくして、そんな息詰まるような雰囲気を打ち破ったのは、雅史だった。
「わかったよ・・・ あかりちゃんのことは心配しないでいいから。」
「雅史・・・」
「なに? 浩之」
「すまねえ。このとおりだ。」 俺は頭を床にすり付けた。
「僕と浩之の仲じゃないか。 気にしないでよ。」
顔を上げた俺の目に、雅史の笑顔が映った。
「今回はサンフランシスコには寄れないの?」
「残念だけどな。 学会も近いし、そんなに長々行ってられないんだ。 それにマルチの面倒も見なくちゃいけないから、向こうでも単独行動の暇はなさそうだしな。」
「そうなんだ・・・残念だね。」
「まあ、また別の機会があるさ。」 俺は笑って言った。
「それよりさ、雅史。みやげなにがいい?」 話をそらそうと別の話題を振った。
「う〜ん・・・」
・・・そうして出発前夜は更けていった。
当日、成田、出発カウンター前。
あかりと雅史が見送りに来てくれていた。
「まったく、今生の別れでもあるまいし、成田くんだりまでよくもまあ・・・」と俺。
「え・・・でもほら、浩之ちゃんの初めての海外旅行だし、それにちょっと心配だなぁって」 とあかり。 相変わらずだ。
「俺は小学生のお子さまか!」
「うっ、ごめん」
「まあまあ二人とも。 いいじゃない浩之、それだけ心配なんだよ。 あかりちゃんは。」
「まあ、いいけどな。来るのは勝手だし。」 内心とてもうれしかったが、それは見せない。
「−−xxxさんそろそろ時間です。」 セリオが時計を確認して言った。
「じゃあ、いこうか。セリオ。浩之君・・・っと、ところで主任は?」
xxxさんがいるはずの長瀬さんを捜している。
長瀬さんがむこうから走ってきた。
「さてと、それじゃあちょっくら行って来るわ。」 俺はあかりと雅史に微笑む。
「マルチ、行くぞ。」
「は、はい。 あう、浩之さん待ってください〜」
「気を付けてね、浩之ちゃん。 生水飲んじゃダメだよ。」 相変わらずお節介だなぁ、あかりは。
「いってらっしゃい」 雅史が手を振っている。
俺はそんな二人に手を振って、ゲートをくぐった。
・・・あの時、6年前のあの時、レミィはこのゲートをくぐりながらなにを思ったんだろう。
やはり、見送りに行けばよかった。
今更そんな想いが込み上げてくる。
俺は振り返ると、二人にもう一度大きく手を振って、機上の人となった。
今回の渡米は、長瀬さんとxxxさん、セリオ、マルチ、俺の5人だ。
言葉の問題に関しては、セリオがいるから問題ないし、長瀬さんやxxxさんもそこそこ話せる。
俺も片言ならOKだ。
一番の問題は、”マルチが会場でなにをやらかすか”
願わくはなにもおきないことを・・・
そんな俺の心配をよそに、初日、二日目は何事もなく過ぎていった。
何事もなくというのは言い過ぎかも知れない。
実際マルチが人混みに流されて何回か迷子になりかかっているのだから。
その都度、セリオと俺でつかまえにいって事なきを得ていた。
当初懸念されたマルチとセリオの件は、耳のカバーを外すことと、セリオがポニーテール、マルチがおっきなリボンを着けるという単純な変装のかいあってか、全くの杞憂に終わった。
肝心のショーのほうは、今回の目玉は来栖川のHM−16とシルフィング社の新型、フォレスフィールド社の新型。この3社で他のメーカーを大きく引き離していた。
しかし、いつにもまして各社ともブースに派手な演出と飾りに加え、きれいなコンパニオンを何人も使って売り込みに余念がない。
xxxさんと、コンパニオンチェックも大事ですよね、なんて話をしてたら、xxxさんの背中をセリオがつねっていた。
xxxさんもお気の毒に。