星にむかう汽車
 
 
 
汽車はいつしか街を通り過ぎ、窓から見えるのはあまたの星々だけとなっていた。
少し開けた窓からは、心地よい風が吹き込み、こもりがちな車内の空気を生き返らせている。

ふと気がつくと、同じ客車の斜め向かいのボックスに一人の少女が座っていた。
歳の頃は16、7歳だろうか。
少し伏し目がちに車窓を流れる星々を眺めているようだ。
彼女に少し違和感を感じるのはなぜだろう?
赤みがかったロングヘアーに赤い瞳、それに・・・耳のセンサー?!
そうか、彼女はメイドロボットか。
確か・・・セリオとか言うタイプだったっかな。
そんなことにも気づかないとは、いやはや耄碌したものだ。

私が彼女をそんな風に眺めていると、視線を感じたのだろうか、
彼女がこちらに振り向いた。
「――あの、わたしになにかご用でしょうか?」そう問いかけてくる。
無理もない、見ず知らずの老人がしげしげと眺めていたのだから。
私は非礼を詫びると、彼女のボックスに移ってよいか聞いてみることにした。
どうも、彼女が気になったのだ。
この汽車にメイドロボが乗ってくるなどという話は、ついぞ聞いたことがない。
だからこそ彼女のことが気になったのだ。
彼女は警戒の色を解くと
「――わたしは構いませんが」と小首を傾げた、非常に愛くるしい仕草で応えてくれた。

まず私のほうから簡単に自己紹介をする。
彼女は思ったとおりセリオタイプのメイドロボットだった。
固有名称も付けてもらっており、非常に大事にされていたようだ。
彼女のマスターがどんなに彼女を愛してくれたか、
そのマスターの家族がどれだけ彼女にやさしくしてくれたか、
彼女の口振りから生き生きと伝わってくる。
彼女のマスターはある詩人だったというから、彼の影響でここまで表現豊かになれたのだろう。
そのマスターは若くして亡くなり、今まで弟夫婦に引き取られて暮らしてきたのだという。
彼女の話はつきることなく続いた。


ふと気がつくと、周りのボックスはあとから乗り込んできた乗客でうまり始めていた。
オルゴールを持った少女。
ポケットに手を突っ込んだ青年。
私と同じくらいの歳の老婦人。
かわいらしいリボンをしたうさぎに、立派な首輪の犬もいる。
彼女の膝の上には、いつのまにか子猫が気持ちよさそうに丸まっていた。

「さて、ところでお嬢さんはなんでまたこの汽車に乗っているんだね?」
「――わかりません」
「おや。それはおかしな話だ。ここにいる乗客はみんな、なぜ自分がこの汽車に乗っているのか、自分でそれをわかっているはずじゃがね。」
「――わからないんです。気がついたらこの汽車に乗っていたのですから。」
「気がついたら汽車に乗っていたのかい? 不思議だとは思わなかったのかの?」
「――思いませんでした。わたしはこの汽車に乗って旅していて当たり前だと思いました。」
「ふむ、お嬢さん切符は持っているかい? それ、その鞄の中にはいっとりゃあせんかな?」

ごそごそと鞄を探る彼女。
なにかを見つけたのか、そっと手を鞄から出す。
その手には汽車の切符が握られていた。

「――わたしは、なぜこの切符を持っているのでしょうか?」

彼女は手にした切符を不思議そうにしげしげと眺めた。

「どれ、見せてごらん。」

私は切符を受け取ると、そこに書かれた行き先をみた。

「やはりな。お嬢さん、あんたさんはこの汽車に乗るべくして乗っているんだよ。」
「――どういうことでしょうか?」小首を傾げる少女。
「ここを見てごらん。そう、お嬢さんの行き先だ。なんて書いてあるかね。」
「――”再会の樹駅”行き・・・」
「あんたさんは、マスターに会いたくて会いたくてしかたなかったんじゃろ?
だから、お嬢さんの行き先はここなんじゃよ。」
「――はい、マスターに会いたくて、ずっとずっとマスターのことを考えていました。」

私は二度三度深くうなずいた。
疑問が解けたからだ。

「うむ、それはきっとお嬢さんのマスターも同じだったんじゃろう。
だからこそ、あんたさんはその切符を手にできたんじゃからの。」
「――マスターもわたしのことを・・・」

彼女がそうつぶやいたとき、車窓にステーションの明かりが見えてきた。
通りがかった車掌が、次は”再会の樹駅”だと、そう告げた。


汽車がステーションに滑り込んでいく。
駅舎のそばの天までも届くような大木。これが再会の樹なのだろう。
彼女はその根本に人影を見つけると、子猫を私に預け、窓から大きく身を乗り出した。

ぐんぐんと近づいてくる大木。

その人影も彼女に気がついたのか、こちらに向かって歩いてくる。
汽車はどんどん減速していく。
たまらなくなったのか、彼女は私に礼を言うとデッキに向かって駆けていった。

汽車がプラットフォームに、停まる。
降り立った彼女を、一人の青年が待っていた。
彼女が青年のほうに向かって駆けてゆく。
長いこと、本当に長いこと待った二人の再会が、今果たされたわけだ。
二人が私に向かって手を振る。

彼女が「――次はおじいさんの番です。」そう微笑んでいた。


ボックスに戻ると私はまた一人になった。
いや、一人ではないか。
膝の上で子猫が丸まっている。
私は子猫を撫でながら、彼女との出会いを思い返していた。

”お互いに想いあい続ければ、きっとまた会うことができる”

それが再会の樹駅行きの切符。
彼女は、セリオタイプのメイドロボットはその切符を手に入れることができたのだ。

私はなにを迷っていたのだろうか?
私が想い続け、あの子が私を想い続けてくれれば、きっとまた会うことができる。
あの再会の樹の下で。

ならば待ち続けよう。
あの再会の樹の下で。
いとおしいあの子が、いつの日か私をたずねてきてくれることを。


上着の内ポケットに入れた切符を取り出す。
空白だった行き先には「再会の樹駅行き」と言う文字が、書き込まれていた。

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以前、奈落に投稿したお話です。
文芸部に収録されるに当たって若干手を加えました。
いかがでしょうか?
ご意見ご感想ありましたら、お聞かせ下さい。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
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