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St. Valentain's Day Rhapsody?

 

「――そうしたら、ボールを湯煎にかけます」
「湯煎ね。よいしょっと」
「――このとき、温度が高すぎると分離してしまうので注意して下さい」
「温度が高いと、分離する……と。うん、わかった」

 とある土曜日。
 とある家のキッチン。
 そこにエプロン姿の女の子が2人。

 西音寺女学院−通称寺女−の制服の上にエプロンをしたその2人の少女達は、
片方がもう片方に教える形でなにかを作っているようだった。
 教えている側の少女は、均整の取れたスタイル、待ちゆく人が振り返るような
ルックス、耳にヘッドフォンのような耳飾りを付けているのが特徴的な女の子。
 もう1人の少女−教えてもらっている少女は、小柄なわりにメリハリのある身体、
ちょっと大きめの耳、短めの髪の毛が特徴の女の子。

 学校から帰ってきてすぐに始めたこの作業は、教える側の女の子−HMX-13
セリオの教え方がいいせいか、はたまた教えてもらう側の女の子−セリオの
クラスメートの田沢圭子の飲み込みがいいせいか、和やかな雰囲気の中で
順調に進んでいるように見えた。
 

「ごめんね、セリオぉ 無理なお願いしちゃって」
「――田沢さんのお役に立てるなら喜んでお手伝いします」
「ありがと」
「――いえ」

 軽く一礼するセリオ

「それにしても、手作りチョコって意外と簡単なんだね」
「――いくつかポイントがあって、そこさえ間違えなければ問題なく作れます」
「ふーん、そっかぁ」
「――それはチョコレートに限ったことではありません」
「なるほどねぇ でも、セリオに頼んでホントによかった。あたしこう言うのは初めてで、どうしていいかわかんなかったんだ。これからもいろいろ教えてね」
「――はい、お望みでしたら」
「うん、約束だよ」

にっこり、と笑う圭子

「――はい。 ところで、チョコのほうは大丈夫ですか?」
「え? あ、あーー!!」

湯煎の温度が高すぎたのか、チョコはボールの中で分離しかかっていた。

「あー 分離しちゃってる…… ね、ねえ。これ、もうだめかな?」
「――はい。 一度分離すると風味などが損なわれますので、最初からやり直したほうがいいと思います」

試しになめてみる。

「う゛……」

こうなるともうどうにもならないから、作り直し。

「はぁ もう、あたしったらバカなんだからぁ」
「――まだブロックのチョコが残っていますし、時間もあります。作り直しましょう」
「うん、ごめんねセリオ」
「――いえ」

 そう言うとセリオは手早くボールを洗い、冷やしておいたブロック状の
チョコレートを削り始めた。
 圭子も気を取り直して削り始める。
 ボールを湯煎にかけて、今度は温度もちゃんと見ながら溶かしていく。
 完全に溶けたところで室温まで冷まして、それから型に流し込むのだが……

「――これをこの型に流し込んで、トッピングをすれば完成です」
「なるほど。 あ、そうだ。これ入れてみていいかな?」

 そう言って圭子が取り出したのはブランデーの瓶。
 VSOPの買うとかなり値の張るヤツだ。

「えへへ、お父さんのとっておきのヤツなんだ。香り付けに入れようかと思って」
「――難しいですが、試しますか?」
「もちろん」

 溶かしたチョコを少しわけ取って、ブランデーを垂らす。
 よくへらで混ぜてから、指ですくってなめてみると……

「う゛……」

 入れた量が多すぎたのか、チョコの風味が飛んでしまっていた。
 

「そ、それならこれはどうかな?」

 どこからともなく取り出したジャムの瓶。
 得も言われぬ色なのは気のせいだろう、きっと。

「――うまく混ざらないのではないでしょうか?」
「いーから いーから」

 そう言いつつジャムを入れてよく混ぜる。
 指ですくい取ってなめてみると……

「う゛……」
 

「そ、それならーっ」

 半ば意地というか、自棄というか、さっきのブランデーで酔ったのかも知れないが、
圭子は次から次へとトッピングを混ぜ込んでは玉砕していった。

「う゛〜」

 半べそかきながら失敗作を見つめる圭子。

「なんでうまくいかないのぉ〜」
「――奇をてらいすぎるのはどうかと思います」

 そんな圭子にセリオはそう声をかけた。

「でも……」
「――オーソドックスにナッツを入れたりしてはいかがですか? 違う色の
チョコで絵を描く、という方法もあります」
「それじゃ売り物とか、他の子が作りそうなのと一緒じゃない……」
「――同じでは、いけないのですか?」
「だって相手は佐藤さんだよ。みんな工夫を凝らすに決まってるじゃない」
「――よく、わかりません」
「だから佐藤さんの印象に残るように、他の人とは違うチョコを作りたかったの……」

 目には大粒の涙。
 並々ならぬ決意があったようだ。
 そんな圭子の肩を、セリオが”ぽんぽん”と叩いた。

「――ならばなおさら、奇をてらうことはありません」
「どうして? だって、あたしこんなに目立たないんだよ。そりゃあセリオのお陰で
佐藤さんとは随分仲良くなれたけど、でも周りの子に比べたら、あたしなんか霞んじゃうよぉ」
「――大丈夫です」
「なんで? なんでそう言いきれるの?」
「――とある方が教えて下さいました。手作りのモノには作った方の想いが
 詰まっている、と。そしてその想いは、その強さは、必ず相手に伝わる、と。
 なぜなら、そうして作られたモノには、愛情という名の魔法が込められているから。
 その方はそうおっしゃいました」
「魔法?」

 圭子が不思議そうな顔でそう返した。
 確かに、セリオと魔法というのはもっともかけ離れて見えるモノのひとつかも知れない。

「――はい、魔法、です。そのためには目を引くモノを作るのが重要なのではなく、
 オーソドックスでも想いのこもったモノを作ることが重要だと理解しました」
「セリオはホントにそう思うの?」
「――はい、相手のことを考えてなにかを作れば、その考えは相手の方に伝わる。
 そう、理解しています」
「……わかった。もう一回最初から作るから、横でアドバイスして貰えるかな?」
「――はい、喜んで」
 

 2人はチョコを削るところからやり直し始めた。
 冷たく冷えたブロック状のチョコを、丹念に削っていく。
 想いを、込めて。

「――ただ溶かして固めるだけでは、チョコの表面が白っぽく粉を吹く”ブルーミング”
 と言う現象が起こります。風味が損なわれますので、それを防ぐ方法として
 ”テンパリング”と言うモノがあり……」
 
 
 
 

……そして

「できたぁ……」

 きれいにラッピングされた包みを前に、圭子はそうつぶやいた。
 お店のチョコ並み……とはいかないまでも、本人にとっては納得のいく出来だった。
 ちなみにラッピングも、セリオの指導の賜物である。

「ありがとう、セリオ」
「――お役に立ててうれしく思います」
「ん、もう。そんな他人行儀な言い方しないの」
「――はい」
「あとは渡すだけだね」
「――そうですね。 きっと、大丈夫です」
「もう、相変わらず無責任なんだからぁ」
「――魔法が、かかっていますから」
「あはは、そうだね。きっとうまくいくね」
「――はい」

 目に光るものを浮かべて、圭子はこのロボットの親友に心の底から感謝するのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ヴァレンタインデー当日の帰り道。

「えっと、サッカー部の練習が終わるのを間って、帰りがけに渡せばいいよね?」
「――今日もご一緒に帰られるのでしたら、その時でいいのではないでしょうか?」
「えー でもさ、一緒に帰れなかったら渡しそびれちゃうよー」
「――それに」
「それに?」

 怪訝そうな表情を浮かべる圭子。

「――今日はサッカー部の練習が、急に取りやめになったそうです」
「えーーっ そんなの聞いてないよぉ」
「――昨夜、ある方から教えていただきました」
「そんなぁー せっかく作ったのにぃ……」

 さっきまでの笑顔とはうって変わったしょぼくれ顔。

「――ですから、またもや余計なお節介をしました。それでは失礼します」
「え? なに? せ、セリオー!?」

 一礼して走り去るセリオ。
 追いかける圭子。
 と、その先には……

「セリオから聞いたんだ。今日はこの道を通るから、って」

 そう微笑む雅史。
 圭子が思わず立ち止まる。
 そして……

「もう、ホントにお節介なんだからぁ」

 目尻を指でこすると、圭子は苦笑いしながら包みを取り出した。

「あ、あのー これ。よかったら……」
 
 

fin20000209
 
 
 
 

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あとがき

ちひろです。
拙作をお読みいただきありがとうございました。
このお話は尾張さんのホームページで行われているお題SS
お題「バレンタインデー」の回に投稿したお話を再録したものです。

メインは田沢圭子嬢なんですが、2/12がセリオの誕生日と
言うこともあって、セリオをお話に絡めてみました。

 作中に田沢圭子と言う女の子が出てきますが、
 知らない人(は多分少ないとは思いますけど…)のために若干補足します。
 彼女は99年秋に出たドラマCD「Piece Of Heart」に出てくる
 キャラクターで、寺女で試験運用中のセリオと同じクラスと言う
 設定です(詳しくは"Piece Of Heart"をお聞き下さい)

実はHMX−13セリオがメインのお話を書くのはこれが初めてだったりします。
(HM−13セリオ(量産セリオ)はそれなりに書いてるんですけどね(^^;; )
うまく書けているといいんですが・・・

それではまた。

2000/02/20 再録


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