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St. Valentain's Day Rhapsody? Another.

 

「そしたら、ボールを湯煎にかけて」
「湯煎ね。よいしょっと」
「このときに温度が高すぎると分離するから、それに注意すること」
「温度が高いと、分離する……と。うん、わかった」

 とある土曜日。
 とある家のキッチン。
 そこに、2人の影。

 学校の制服の上にエプロンをしたその2人は、片方がもう片方に教える形で
なにかを作っているようだった。
 教えている側は、性別のわりに少し小柄な、そのわりにしっかりした身体、
自称ファン達を虜にする、一見女の子にも見えそうなマスクの男の子。
 教えてもらっている側は、ショートボブの女の子。

 学校から帰ってきてすぐに始めたこの作業は、教える側−佐藤雅史の
教え方がいいせいか、はたまた教えてもらう側−長岡志保がおとなしく
雅史の説明を聞いてるせいか、順調に進んでいるように見えた。

「ほーんとごめんね、雅史。無理なお願いしちゃってさ」
「気にしなくていいよ。たまたま知ってただけだし。今日は練習も休みだから」
「その貴重な休みを潰させちゃったから、申し訳ないと思うのよ」
「あはは、なにもしないで帰るよりは、こういうほうが楽しいよ」

 珍しく殊勝な事を言う志保に、雅史がそう微笑んだ。
 取り巻きが居たら、黄色い歓声が上がること請け合いだ。

「それにしてもさぁ、手作りチョコって意外と簡単なのねぇ」
「いくつかポイントがあって、そこさえ間違えなければ大丈夫だよ」
「ふーん、そっかぁ」
「チョコレートに限ったことじゃないけどね」
「なるほどねぇ なんかさ、あんたが言うと説得力あるわ」
「そうかなあ」
「そうよぉ。でも、雅史にお願いしてホントによかったわ。あたし
こう言うのは苦手でさ、どうしていいかわかんなかったのよ」
「僕も姉さんの手伝いさせられてたから、それで覚えてるだけだよ」
「理由はどうでもいいのよ。できる、って言うのがポイントなんだから」

 姉がいるからとは言え、雅史の手際の良さに志保は舌を巻いていた。

「ところで、チョコのほうは大丈夫?」
「え? あ、あーー!!」

湯煎の温度が高すぎたのか、チョコはボールの中で分離しかかっていた。

「あー 分離しちゃってる。 ね、ねえ。これ、もうだめ?」
「うーん、一度分離すると風味が悪くなるからね、最初からやり直した
ほうがいいと思うよ」

志保は試しに分離したチョコをなめてみた。

「う゛…… まっずー」

こうなるともうどうにもならないから、作り直し。

「はぁ この志保ちゃんともあろうモノが、話に夢中になってチョコをダメに
しちゃうとは……」
「まだブロックのチョコが残ってるし、時間もあるから、作り直そうよ」
「うん、ごめんね雅史」
「気にしない気にしない。さ、やろうか」

 そう言うと雅史は手早くボールを洗い、冷やしておいたブロック状の
チョコレートを削り始めた。
 志保も気を取り直して削り始める。
 こんな素直な志保なんて滅多に拝めない。

 ボールを湯煎にかけて、今度は温度もちゃんと見ながら溶かしていく。
 完全に溶けたところで室温まで冷まして、それから型に流し込むのだが……

「これをこの型に流し込んで、トッピングをすれば完成だよ」
「なるほどぉ あ、そうだ。これ入れてみていい?」

 そう言って志保が取り出したのはブランデーの瓶。
 VSOPの買うとかなり値の張るヤツだ。

「へへーん、お父さんのとっておきのヤツなんだ」
「うーん、そう言うのは難しいと思うけど……」

 難色を示す雅史。

「何事もチャレンジ精神が大事よぉ」

 そんな雅史を後目に志保はブランデーの蓋を開けた。
 溶かしたチョコを少しわけ取って、ブランデーを垂らす。
 よくへらで混ぜてから、指ですくってなめてみると……

「う゛……」

 入れた量が多すぎたのか、チョコの風味が飛んでしまっていた。
 

「そ、それならこれはどう?」

 どこからともなく取り出したジャムの瓶。
 得も言われぬ色なのは気のせいだろう、きっと。

「うまく混ざらないと思うけど……」
「いーから いーから」

 そう言いつつジャムを入れてよく混ぜる。
 指ですくい取ってなめてみると……

「う゛……」
 

「そ、それならーっ」

 半ば意地というか、自棄というか、さっきのブランデーで酔ったのかも
知れないが、志保は次から次へとトッピングを混ぜ込んでは玉砕していった。

「う゛ー」

 悔しそうな顔で失敗作を見つめる志保。

「なんでうまくいかないのよぉ〜」
「あのさ、志保。奇をてらいすぎないほうがいいと思うんだけど」

 そんな志保に、雅史はそう声をかけた。

「でもぉ……」
「オーソドックスにナッツを入れたりしたらどうかな? 違う色のチョコで
絵を描く、って言う手もあるよ」
「それじゃ売り物とかと一緒じゃない」
「同じじゃ、だめなの?」
「だって、あたしは志保ちゃんよ。他のみんなと同じチョコだなんてあたしの
プライドが許さないのよぉ」

 毎年出来合いのチョコを買ってるクセに、いけしゃあしゃあとよく言う。

「そんなもんなのかなあ」

 困ったように、頭に手をやる雅史。

「それに、今年こそはあいつの鼻をあかしてやるんだから……」

 雅史にも聞こえないような、つぶやき。
 どうやら並々ならぬ決意があったようだ。
 そんな志保に、雅史が笑いながらこたえた。

「それならなおさら、奇をてらうことなんかないよ」
「どうしてよぉ? あいつの鼻をへし折るには、きょーれつなのを一発お見舞いして
やらないとダメに決まってるじゃない」
「そんなことないよ」
「なんでー? なんでそう言いきれるのよ?」

 納得行かないという顔の志保。

「んー なんて言えばいいのかな? 普段料理とかをしなさそうな志保が
手作りのチョコを作ったって言うだけで、十分だと思うんだけどなぁ」
「しなさそうで悪かったわね」
「あ、そう言う意味じゃなくってさ」
「じゃあ、どういう意味よぉ」
「姉さんがよく言ってたんだ。手作りのモノには作った人の想いが詰まっている、って。
 そしてその想いは、必ず相手に伝わる、って」
「どうかしらねー 中にはかなり鈍感なヤツもいるわよ」

 なぜだか実感のこもった声で志保はそう言った。

「あれで大事なところは結構鋭いんだけどね」

 苦笑しながらそう返す雅史。

「どうだか。ま、いいわ。それで?」
「それでなんでかって言うと、そうして作られたモノには、愛情という名の魔法が
込められているからなんだって。姉さんよくそう言ってたよ」
「魔法?」

 志保が怪訝そうな顔でそう返した。

「そう、魔法」

 にこやかな顔で雅史が返す。

「つまりね。目を引くようなモノを作るよりも、オーソドックスでも想いのこもった
モノを作るほうが大事なんだって事だと思うよ」
「魔法ねえ…… 雅史あんた本気で信じてるの?」
「うん。姉さんが言うことだからね、間違ってないと思うよ。それに、相手のことを
考えてなにかをすれば、その気持ちは相手に伝わるって言うのはサッカーも同じだしね」
「……………」

 なにやら思案顔の志保。

「志保?」
「……わかったわ。もう一回最初から作るから、横でアドバイスして貰える?」
「ああ、いいよ」
 

 2人はチョコを削るところからやり直し始めた。
 冷たく冷えたブロック状のチョコを、丹念に削っていく。
 想いを、込めて。

「姉さんの話だと、ただチョコを溶かして固めるだけじゃダメなんだって。
チョコの表面が白っぽく粉を吹く”ブルーミング”って言うのが起きちゃって
味が悪くなるらしいんだ」
「へー それ、なんとかならないの?」
「それを防ぐ方法として”テンパリング”って言うのがあるんだって」
「なるほどねえ」
 
 
 
 
 
 

……そして

「できたーー!」

 きれいにラッピングされた包みを前に、志保がガッツポーズを取っている。

「さすがは志保ちゃんねー 本気出せばちょちょいのちょいだわ」

 お店のチョコ並み……とはいかないまでも、本人にとっては納得のいく出来だった。
 ちなみにラッピングも、雅史の指導の賜物である。
 男にしておくには惜しいかもしれない。

「ありがと、雅史」
「うまくできて、よかったね」
「まあ、半分はこの志保ちゃんの才能として、残りの半分は雅史のお陰ね。
 あんた教え方うまいわよ。」
「そんなことないよ。僕は姉さんに教えてもらったことを伝えただけだから」
「またまたぁ すーぐ謙遜するんだからぁ」
「えー そうかなあ」
「そうそう」

 照れくさそうに頭をかく雅史を、志保がちゃかす。
 もっとも、今回ばかりは志保の言葉は本音だろう。
 志保が滅多にしないような絶賛だった。

「あとは当日渡すだけだね」
「そうねー でもきっと大丈夫よ」
「そう?」
「だって、魔法がかかってるんだから」

 志保がぱちんとウインクをした。

「あはは、そうだね。きっとうまくいくね」

 そんな志保の仕草に、笑い出す雅史。

「よーし、これであいつの鼻をあかしてやるんだからー」

 キッチンに、志保のそんな声が響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ヴァレンタインデー当日。
 昼休み。

 雅史は教室の端の席に身体を突っ伏して寝ていた。
 下手に教室から出ようものなら、チョコ責めにあうのが目に見えているからだ。
 呼び出されても行かなくてすむように、こうして寝た振りをしながら、向こうで
繰り広げられている、浩之と志保のやりとりを頭だけ起こして見ていた。

「じゃじゃーん 毎年恒例、志保ちゃんの義理チョコよー ほらほらー そんな
顔してないで喜びなさいよぉ」
「誰もくれなんて一言も言ってないだろうが。そう言うのを親切の押し売りってんだ」

 相変わらずの志保に、浩之がお約束のツッコミを入れる。

「なによぉー そんなこと言うのはあんただけよ。みんな志保ちゃんのチョコってだけで涙流して喜ぶんだからぁ」
「あー はいはい。んで、その義理チョコってのはどれだよ」

 既にあかりとマルチのチョコをキープしてるせいか、余裕だ。

「あんたねー それが人にモノをもらう態度ぉ? 素っ気ないわねえ」
「素っ気ないのは生まれつきでね」
「むきー ちょっとはうれしそうな顔しなさいよぉ 今年の義理チョコは
これまでとはひと味違うスーパーウルトラバージョンなんだからー」
「浩之ちゃん、そう言う言い方ってないよ」

 いつものごとくあかりが間に入る。
 普段なら雅史も取りなすのだが、今日はそうも行かない。

「まぁったく…… いいわ、ほら、義理チョコ」
「さんきゅう」
「ありがたいと思いなさい。こんな美少女がわざわざチョコを渡しに来てるんだから」
「へいへい……」
「もう、浩之ちゃんってば」
「……で、なにがスーパーウルトラバージョンなんだって?」

 もらったチョコの包みをしげしげと見つめる浩之。

「食べてみればわかるわよ」
「へいへい」

 ごそごそと包みを開ける

「わぁ……」
「へぇ」
「ラッピングを見て、もしかして、と思ったけどこれって手作りだよね?志保」

 自分でも作るだけあって、あかりが鋭いところを見せた。

「まあね。ま、たまにはこんなのもいいかと思ってさ」
「これ、食えるのか?」

 お約束とは言え、浩之が失礼なことを言う。

「浩之ちゃん!」
「……食べてみればわかるって言ってるでしょ」
「へいへい」

 がさがさと包みを開けると、浩之はチョコをパクッと食べた。

「へぇー うまいな。これ」
「へへーん、だから言ったじゃない。スーパーウルトラバージョンだって」
「志保にしちゃ、かなりなもんだな」
「一言余計よ」
「浩之ちゃん、よっぽど美味しかったみたいだね」
「まあな。まさか志保がここまでやるとは思わなかったよ」
「あったりまえじゃない。あたしを誰だと思ってるのよ」

 そう言うと志保はくるりと雅史のほうに振り向いて、ウインクをした。

「ね」
 

fin20000211
 

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あとがき

拙作をご覧頂きありがとうございました。
このお話は「St. Valentain's Day Rhapsody?」の別キャラバージョンです。
「St. 〜」のほうは田沢圭子嬢とセリオなんですが、こっちは志保&雅史
が同じようなシチュエーションでお話を繰り広げます。

実は「St. 〜」を書いたときに”セリオの役回りを雅史がやったら意外性が
あるよね”と言われたのがきっかけで、書いたお話です。

志保がうまく描けてるといいのですが、いかがでしょう?

それではまた。


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