ある日ある時ある町でのお話です。
その町には、優しいお父さんと朗らかなお母さんとゆきちゃんと言う女の子、
そしてメイドロボットのセリオが仲良く暮らしていました。
今日は2月14日。
St.バレンタインデーです。
チョコを買い込む女の子や、もらえないかとそわそわする男の子が町にあふれかえるそんな日ですが、
ゆきちゃんちはちょっと様子が違うみたいですね……
「Happy birth day to you. Happy birth day to you.
Happy birth day dear ゆきちゃ〜ん。 Happy birth day to you.♪」
電気が消され、ケーキの上のロウソクがぼんやりとあたりを照らすリビングに、お父さんとお母さんと
セリオの歌声が響きました。
ゆきちゃんがふぅ〜〜っと息をかけてケーキの上のロウソクを消していきます。
「ゆきちゃん、誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
「――おめでとうございます」
お父さんやお母さんやセリオがお祝いしてくれます。
今日、2月14日はゆきちゃんのお誕生日なのです。
「ゆきちゃん幾つになったんだっけ?」
お父さんがにこにこしながらゆきちゃんに尋ねました。
「11歳だよー」
ゆきちゃんがそう答えます。こちらもにこにこ顔です。
それもそのはず。
今日は普段忙しくてなかなか一緒に過ごせないお父さんを、独り占めできる日なのですから。「もう11歳かぁ、早いなぁ」
お父さん、目を細めています。
「ゆきちゃん産まれたときはこんな小さくてなぁ」
お父さんが両手で産まれたばかりのゆきちゃんの大きさを作って見せました。
40cmくらいでしょうか?「看護婦さんが紙包みをぽんとお父さんにくれてね。何だろうと思ったら、産まれたばかりのゆきちゃんが
中にいたんだよ」
「――確かにこのくらいでしたね。ほんの数ヶ月でこのくらいになりました」セリオも両手で大きさを作って見せています。
「そうね。そのくらいの頃はセリオが抱っこするとぎゃんぎゃん泣いてね。大変だったのよね。お父さんだと
にこにこ笑うのにね」お母さんも話に乗ってきました。
「――はい。あの時は真剣に悩みました。私には笑っていただけないのかと思って」
「それが、ある日を境にころっと変わっちゃってね。セリオが抱っこしてもにこにこ笑うようになったのよね」
「あれはびっくりしたよ」お父さんとお母さんとセリオが昔話で盛り上がっています。
ゆきちゃん、なんとなく蚊帳の外。「ねえねえ、今日はあたしの誕生日なんだよー」
「うん、だからゆきちゃんの話で盛り上がってるじゃない」不平たらたらのゆきちゃんに、お母さんが笑って言います。
「あたしは全然楽しくないよー」
「あー、ごめんごめん。それだけゆきちゃんが可愛かったってことだよ」ゆきちゃんの頭をなでながらそう答えるお父さん。
「もちろん今も、ね」
ウインクしながらそう答えるお母さん。
「――はい、ケーキ切り分けましたよ」
いつの間にかケーキを切り分けてゆきちゃんの前に出すセリオ。
「なんかごまかされてる気分」
ぷーっとほっぺを膨らましながら、ゆきちゃんはケーキを一口、口に運びました。
「うわー おいしー」
さっきまでの膨らんだほっぺはどこへやら、とたんに満面の笑みに変わりました。
「単純ねー」
と、お母さん。
「なにか言った?」
と、ゆきちゃん。
そんなやりとりをお父さんとセリオが見つめています。
エアコンやホットカーペットなんかじゃ絶対に勝てないくらいの暖かさが、リビングにあふれています。
「おいしいなー、うれしいなー」
ゆきちゃん、にこにこ顔でケーキを食べています。
「そりゃあ、お母さんとセリオが腕によりをかけて作ったんだもん、美味しくないわけないわよ」
お母さんが笑います。
「――お料理もいっぱいありますからね」
「オムレツはお父さんが作ったんだ」
「え? ホント??」ゆきちゃんお父さんの言葉に目を丸くしています。
それもそのはず、お父さんはお仕事が忙しくて早く帰ってくることが滅多にないのです。
お料理するなんて見たことも聞いたこともありません。「あははは、お父さんにだってオムレツくらい作れるさ」
そんなゆきちゃんを見て、お父さんが笑っています。
「あ、そう言う訳じゃないけどー」
「とりあえず食べれる程度の物にはなってると思うから、心配しなくても大丈夫よ」
「心配なんてしてないよー。それじゃ、いただきまーす」ぱく、もくもぐもぐもぐ、ごっくん。
「あ、おいしいー。お父さん、ばっちりだよ」
ゆきちゃん、お父さんに向かってにっこりしています。
「そっか、美味しかったか。よかったよかった」
お父さん、ホッと胸をなで下ろしているようです。
「ゆきちゃんって美味しい物食べたときは決まってその顔するのよね」
「――顔をくしゃくしゃっとしますね」
「そうだね。赤ちゃんの頃から変わらないね」お母さんの言葉に、セリオとお父さんがうなずきます。
「1歳くらいの時だっけ? 美味しいとこうやって手を振ったのよね」
お母さんが笑いながら手をひらひらと振って見せます。
「なんかバカにされてる気分……」
ゆきちゃん、そんなお母さんを見てぶーたれています。
「――そんなことないですよ」
「そうそう」セリオとお父さんがフォローに回ります。
「バカにしてなんかないわよ。それにあんまりぶーたれると豚さんになっちゃうわよ」
お母さんがまた笑います。
さっきから笑いっぱなしです。「むぅー」
ゆきちゃん、言い返せなくてうなっています。
「あ、そうそう、ゆきちゃん、はい誕生日プレゼント」
そんなゆきちゃんにお父さんがきれいにラッピングされた包みを渡しました。
「お父さん、ありがとー」とたんに笑顔。
さっきから表情がコロコロと変わっています。「はい、お母さんからも」
「――私からも」
「お母さんにセリオお姉ちゃん、ありがとー。ねえねえ、開けてみていい?」
「もちろん」ゆきちゃんは貰ったプレゼントの包みをがさごそと開け始めました。
「あ、可愛い手袋ー」
お父さんのプレゼントは、淡いピンク色の暖かそうな手袋。
「あ、こっちはマフラーだ」
セリオのプレゼントは、空色のマフラー。
どうやら手編みのようですね。「あー、これ、あたしが欲しかった帽子だー」
お母さんのプレゼントは、ゆきちゃんが前から欲しがっていた帽子です。
「お父さん、お母さん、セリオお姉ちゃん、ありがとー」
ゆきちゃんは帽子をかぶり、マフラーを巻き、手袋をつけた格好で、うれしそうに笑いました。
「示し合わせたわけじゃないんだけど、ばっちり合ってるわね」
「――そうですね」お母さん、ゆきちゃんを見てうなずいています。
ゆきちゃんはお部屋の中だというのにマフラーや手袋を取ろうとしません。「――うれしいのはわかりますが、とらないとお料理で汚れてしまうかも知れませんよ」
「うー、わかったよー」ゆきちゃんは帽子やマフラーや手袋を外すと、大事にしまいました。
「さ、お料理はまだまだあるから、いっぱい食べてね」
「はーい」お母さんの声に、ゆきちゃんはにっこりと笑うと好物の唐揚げに手を伸ばしました。
その後、お腹もいっぱいになり、みんなでセリオが煎れてくれたお茶を飲んでいると、ゆきちゃんが
思い出したように立ち上がりました。「いけないいけない、忘れるとこだったよー」
ゆきちゃんはそう言うと、自分の部屋に戻りなにやら包みを持ってきました。
「あ、そう言えばそうだっけね。お母さんも忘れるとこだったわ」
そう言うとお母さんも立ち上がり、キッチンからなにかを取ってきました。
「――私はすでにここに」
セリオもいつの間にかラッピングされた包みを持っています。
「いったいどうしたんだい?」
お父さんだけが蚊帳の外。
なにがなんだかわからないようです。「えへへー、はいお父さん。バレンタインのチョコレート」
ゆきちゃんはそう言うと包みをお父さんに渡しました。
「はい、これはお母さんから」
「――これは私から」お母さんとセリオもお父さんに包みを渡します。
「あー、そう言えばそうだっけか。みんな、ありがとう」
お父さん、ニコニコしています。
「お父さん、今年も忘れてたんだ。いつもそうだねー」
ゆきちゃんが笑っています。
ゆきちゃんのお父さんは毎年この時期お仕事が忙しくて、バレンタインデーどころではないのです。
でも、今まで1度だってゆきちゃんの誕生日を忘れたことはありません。
さすがお父さん、ですね。「この時期は忙しくてね。学生さんの論文見てあげないといけないから」
お父さん、ぽっぺをぽりぽりかいてます。
「こりゃあ、お返し奮発しなくちゃな」
毎年お決まりになったこのセリフ。
でも、お父さんは毎年言ってることを覚えてるんでしょうか?「ほんとー そしたらあたしねー」
「こーれ、一月も先の話を今しないの。どうせお父さん忘れちゃうんだから」
「――学生さんの発表が終わる半月後くらいが狙い目です」
「そっかー」てへっと舌を出すゆきちゃんに、お父さんもお母さんも思わず笑い出しました。
外は北風が吹く寒い夜。
でも、ゆきちゃんちは心までぽっかぽかな、そんなバレンタインデーの夜でした。
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あとがき
拙作をご覧頂きありがとうございました。
このお話は「いつかどこかの町で」シリーズの4作目にあたります。
このお話のメインキャラのゆきちゃんが2/14生まれと言う設定なので、
それに合わせてお誕生日SSを書いてみました。
ちなみに「いつかどこかの町で」シリーズの1〜3作目までは
サークル「セ」印良品さんのコミケ向けSS本に寄稿しました。
掲載許可が出次第掲載していこうかと思っています。
ご意見ご感想ありましたらお聞かせ下さい。
いつかどこかの町でこんな出来事が起きるその日を楽しみにして、
それではまた。
2001.02.14 掲載