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Someday Sometime in Sometown. いつかどこかの町で7
戦え!ゴキブリバスターズ




「わ、そっち、そっち行ったわよ! セリオ」

 台所からお母さんの声がします。
 悲鳴にような声です。

「――逃がしません。えいっ」

 バシッ!!
 同じく台所からメイドロボットのセリオの声がします。
 声に続いて、何かを叩くような音も聞こえてきます。

「わー、こっちこないでーっ」
「――すみません、奥様。しとめ損ねました。次こそは」
「わっわっ、やだ、こないでーっ」

 台所に響き渡る、お母さんの悲鳴。

「ねえねえお母さん、どうしたのー?」

 なんの騒ぎかと、一人娘のゆきちゃんが部屋から出てきました。
 小学校に通う、お日様みたいな笑顔の女の子です。

「ねえってば。一体どうしたのー?」

 ゆきちゃんが台所に入ろうとしたまさにその時、黒い固まりが台所の中からフラフラと飛んできました。
 そしてペタッとゆきちゃんの空色のタンクトップの上にへばりついたのです。

「わわっ、なに、この黒い虫ー?」
「――そこっ」

 パシッッッ。
 セリオのかけ声一閃、新聞紙を丸めた一撃がゆきちゃんの胸を――正確にはゆきちゃんのタンクトップに
へばりついた黒い固まりを捉えました。

「わわわっ」

 なにが起きているのか理解できないゆきちゃん。
 あっけにとられて固まっています。
 セリオはさっきの一撃で失神し床に落ちた黒い固まりに、とどめとばかりにもう一撃を浴びせています。

「セリオ、もう大丈夫?」

 台所からお母さんが恐る恐る顔を出しました。

「――はい、しとめました。もう大丈夫です」
「よかった……」

 放心状態で床にへたり込むお母さん。

「あたしは良くないよー。いきなり黒い虫は飛んでくるし、セリオお姉ちゃんには叩かれるし、もうわけわかんないよー」

 ほっぺを膨らませて、文句たらたらなゆきちゃん。
 無理もありません。そんなゆきちゃんに、セリオが言いました。

「――出たんです」
「ほへ? でたって、なにが?」

 相変わらず合点がいかない様子のゆきちゃん。

「――ですから、これが出たんです」
「はえ? なに、これ? なんかてかてか光ってるよー」
「だから、ゴキブリが出たのよ」
「――そうです。ゴキブリです」

 とどめを刺され息絶えているゴキブリをティッシュに取り、ゆきちゃんに見せるセリオ。

「――ついに我が家にも、出てしまったのです」
「ねえ、セリオお姉ちゃん。ゴキブリって、なに?」

 いつになくシリアスな様子のセリオに、ゆきちゃんが問いかけました。
 虚をつかれたような感じで、お互いに顔を見合わせるお母さんとセリオ。
 お母さんはゆきちゃんの顔を見るとこう言いました。

「……そう言えば、ゆきちゃんは本物のゴキブリを見たことがなかったんだっけ?」


 ――ある日、ある時、ある町での出来事です。
 そこには優しいお父さんと元気なお母さん、働き者のメイドロボットのセリオと体育大好き小学5年生のゆきちゃんが暮らしていました。
 季節は夏。
 空には白い入道雲がモクモクと沸き上がり、
 庭の木々からセミの声が聞こえてくる暑い日の昼下がりのこと。
 全ては台所に出没した一匹のゴキブリから始まりました。

「事態は一刻を争うわ。あれが最後のゴキブリとは思えない」

 緊急家族会議の席上、お母さんがそう言いました。
 ゆきちゃんのお家は築五年の一戸建。
 今までゴキブリが出たことはありません。
 ちなみにお父さんは出張で家を空けています。

「――一匹見たら十匹居ると思え、と言うのがゴキブリの定説ですね」
「そうなのよ。いつの間に我が家に入り込んだかはわからないけど、これは由々しき事態よっ」

 いすから立ち上がり握り拳をギュッと握ったお母さん。
 仁王立ちです。
 実はお母さんはゴキブリが大嫌いなのです。

「ねえ、セリオお姉ちゃん。ゴキブリってそんなにわるい虫なの?」

 ゆきちゃんがセリオに尋ねます。

「――ゴキブリは、ゴキブリ科ゴキブリ目に属する生物で、驚異的な繁殖能力と生命力を兼ね備えた黒い悪魔です。
暗く、じめじめした暖かい場所を好み、床に落ちた食べ物くずや人の垢、ふけなどを食べて爆発的に増殖します。
病原菌を媒介したり、夜中に顔の上をにじったり、空を飛んで襲いかかってきたりします。
ちなみに、地球上のすべての生き物が絶滅したとしても、ゴキブリだけは生き残っているだろうと言われています」

 ゆきちゃんの目をまっすぐ見つめてゴキブリの解説をするセリオ。
 その淡々とした口調と相まって、迫力満点です。
 ゆきちゃんは、さっきの光景を思い出しました。こちらへ向かって飛んでくる黒い固まり。
 てらてらと光るゴキブリがベチャッと胸に張り付いて……。
 もしそれがたくさん居たら……。
 もしそれがいっぺんに飛びかかってきたら……。

「ね。人類の敵でしょ?」

 お母さんがテーブル越しにゆきちゃんに言いました。

「う、うん。わかった、よくわかったよー」

 ブンブンブンと頭を振るゆきちゃん。
 どうやらかなり怖い想像をしてしまったようです。
 そんなゆきちゃんの横で、セリオがお母さんと同じように握り拳をギュッと握ってつぶやきました。

「――ゴキブリは、掃除の行き届いていない不潔な家に住む生き物。メイドロボットの誇りにかけて撲滅せねばなりません」

 セリオはセリオで、プライドをいたく傷つけられたようです。

「よーし、それじゃみんなでゴキブリ退治よ。二人をゴキブリバスターズ1号2号に任命するわ」
「――ラジャ」
「はーい」
「――ゆきちゃん、こう言うときは”ラジャ”と言うのがお決まりです」

 ゆきちゃんに指導するセリオ。
 こういうノリは大好きみたいです。ちなみにお母さんは”司令”なんだそうです。
 満場一致でゴキブリ対策をすることになった三人は、具体的な方法を考え始めました。
 
 方法1「ゴキゴキコイコイ」――餌を置いた粘着シートでゴキブリをトラップする方法。
     ゴキブリの通り道に置いて、後は時折中を確認して捕まっていたらシートごと
     捨ててしまえばオッケー。お手軽だけど確実性に欠ける。

 方法2「ホウ酸団子」――要するに毒団子。ゴキブリが餌と勘違いして食べてくれれば
     しめたものである。こちらもお手軽だが確実性に欠ける。

 方法3「殺虫剤(直接、間接)」――煙でいぶしたり、スプレーで殺虫成分を噴霧する
     方法。かなり強力で効果も期待できるが、殺虫剤の毒性が強いため、ペットを
     飼っていたりするとペットに害が及ぶことも。

 方法4「新聞紙を丸めて直接叩く」――文字通り、ゴキブリを新聞紙で叩く方法。直接
     的だが、ゴキブリが出てこないとお話にならない。

 方法5「ゴキブリの嫌いな電磁波を流す」――ゴキブリが嫌う固有音を使ってゴキブリ
     を追い払う。直接的だが、人体やペットへの影響は未知数。

「殺虫剤はあまり使いたくないわね…… 身体に悪そうだし」
「――電磁波は、人体への影響がわかっていません。積極的に用いるのはどうかと……」
「新聞紙で見つけ次第叩く……と言っても、ねえ。相手が出てこなければそれまでだし」

 お母さんとセリオが対策を絞り込んでいきます。
 ゆきちゃんはよくわからないのか大あくびです。

「残ったのはゴキゴキコイコイとホウ酸団子…… まあ、こんなところかしらねえ」

 お母さんが言いました。

「――……そうですね」

 セリオがうなずきます。

「ん? どうしたの、セリオ。不満げじゃない」
「――不満、と言うわけではないのですが……」
「ですが?」

 セリオの、奥歯に何かが挟まったような物言いにお母さんがすかさず聞き返します。

「――あまりに守りに入りすぎではないでしょうか? 積極的に打って出た方が良いと思います」
「うーん、そうねえ……」

 セリオの意見に二の足を踏むお母さん。
 お母さんは、できればゴキブリの姿そのものを見ずに済ませたいのです。

「ねえ、セリオ。攻めはいいのだけど、攻めるときになるべくゴキブリを見ないで済む方法ってないかしら?」
「――直接相手を見ずに済む、攻めの方法ですか?」

 セリオが考え込むような姿勢をとり、両目を閉じました。サテライトサービスにアクセスしているようです。

「――見つかりました。相手を見ずに攻める方法です」
「どういう方法?」
「――益虫を使います」
「益虫? あ、はいはい、わかったわ」

 お母さんは益虫という言葉に思い当たる節があるのか、納得した様子です。

「ねえセリオお姉ちゃん。益虫ってなーに?」

 うちわをバタバタさせながら、ゆきちゃんがセリオに尋ねました。

「――益虫と言うのは、人間の生活に益を成す虫のことです。害虫とは逆の意味になります。
例えば、蜜を集めてくれるミツバチなどが益虫にあたります」
「ふーん、じゃあハチを使うの?」

 ゆきちゃん、わかったようなわからないような感じで首をひねっています。

「――いえ、今回はゴキブリを退治してくれるアシダカグモを使います」

 アシダカグモと言うのは、関東より南の一戸建てのお家で見かけることのある、巣を持たない徘徊性のクモのことです。
 台所やお風呂場、洗面所などにに出没します。足を広げた大きさが手の平大になることもあり、動きの素早さと相まって
怖いと感じる人が多いようですが、実は彼らはゴキブリ退治のエキスパートなのです。
 ちなみに大変臆病な性質なので、彼らから人間に向かってくることはまずありません。

「アシダカ……グモ? えーーーっ、クモ使うのー!? やだやだ、クモやだやだーっ」

 ”クモ”と言う言葉に反応して、ゆきちゃんが騒ぎ始めました。
 ゆきちゃんはクモが大嫌いなのです。

 「――大丈夫です。アシダカグモは人を襲ったりしません。それに臆病ですから、積極的にゆきちゃんの前に出てくることもありません」

 もとよりクモは積極的に人を襲ったりしません。
 人が噛まれたりするのは、クモのテリトリーに人間が足を踏み入れた時だけです。

「ホント?」
「――ホントです」
「ホントにホント?」
「――ホントにホントです」

 ゆきちゃんはセリオの目をじーっと見つめました。

「……うん、わかったよー」

 ゆきちゃんは”それでもクモはやだな……”と思いました。
 でもセリオお姉ちゃんが大丈夫と言うからには大丈夫なんだろう、と納得したみたいです。
 ”ゴキブリが集団で飛び掛ってくるよりはマシ”、 ”用事が済めばクモはいなくなるだろう、たいした大きさじゃ
ないんだろうし”そんな打算が働いたのかもしれません。

「それじゃ、決まりね」

 お母さんが言いました。セリオとゆきちゃんがうなずきます。

「でも、セリオ。アシダカグモはどうやって手に入れるの?」
「――心当たりがあります」
「そう。うまく手に入ると良いわね」
「――おまかせあれ」

 セリオが自分の胸をトンと叩きました。
 どうやら当てがあるようです。

「えっと、コイコイとお団子はどうするのー?」

 ゆきちゃんが尋ねました。

「そうね……。念のためコイコイとお団子も置くことにしようか? 備えあれば憂いなしって言うしね」

 お母さんがウインクしながら答えます。
 お母さん、具体的な対策が決まって調子が戻ってきたみたいです。

「そしたらセリオはアシダカグモの入手。私とゆきちゃんはコイコイとお団子の設置よ。ゴキブリバスターズ、出動!」
「――ラジャー」
「ら、らじゃー」

 キビキビとした動作で海軍式の敬礼をするセリオ。
 かなりノリノリ。
 セリオの真似をして敬礼をするゆきちゃんは「えへへー」と照れくさそうに笑う姿が愛くるしいです。
 その後セリオはどこかへ出かけて行き、お母さんとゆきちゃんは、ゴキブリコイコイとホウ酸団子を買ってきて
ゴキブリの通りそうなところに仕掛けました。


 夕方。
 出かけていたセリオが戻ってきました。

「お帰り、セリオ。どうだった?」
「――あいにく完全な成体は手に入りませんでした。亜成体ですが立派に働いてくれると思います」
「あらそう。それじゃあ、すぐにゴキブリがいなくなるってわけじゃなさそうねえ」
「――成体でも効果が出るまで時間がかかります。しばらくの辛抱です」
「はぁ、憂鬱な日々が続きそうだわ……」

 お母さんは、いつゴキブリと出くわすか、と気が気ではありません。

「コイコイとお団子の準備はオッケーだよー」

 ゆきちゃんが得意げに言いました。
 仕掛ける時にゴキブリに出くわすのは勘弁と、お母さんがゆきちゃんに設置を頼んだのです。

「――そうですか。ゆきちゃん、お疲れ様」
「えへへーっ、こんなのお茶の子さいさいだよー」

 ゆきちゃんが胸をトンと叩きました。
 いつの間にか覚えたセリオの仕草の真似です。

「気を取り直して夕飯の準備をしようかな…… セリオ、帰って早々で悪いんだけど、支度手伝ってもらえる?」
「――はい。今日は何にするのですか?」
「今日はね……」

 お母さんとセリオはいつものように夕飯の準備を始めました。
 ゆきちゃんは、隙あらばつまみ食いをしようとお台所の中をうろちょろしています。一人でテレビを見ているのはつまらないみたいですね。

「ねえねえ、これなにかなぁ?」
「うん?」
「――はい?」

 夕飯を今か今かと待っていたゆきちゃんが、お勝手口で何かを見つけたようです。
「これこれ、このアメみたいなやつ」

 ゆきちゃんが指差した床の上には、長さ1センチ幅6〜7ミリの黒光りする四角いものが落ちています。

「ぅわぁっっ!」

 お母さんの顔色が変わりました。
 心持ち身体が引いているようにも見えます。
 セリオは何も言わずにキッチンペーパーを取ると、その上に四角くて黒いものを拾いあげしげしげと見つめました。

「――間違いないですね」
「やっぱり……」

 セリオの言葉に肩を落とすお母さん。

「ねえ、これってなんなのー?」

 一人わかっていないゆきちゃんがもう一度尋ねました。

「これはね、ゆきちゃん。ゴキブリの卵なの」
「ゴキブリの……卵?」
「――そうです。放っておくとやがてここから数十匹のゴキブリが生まれてきます」
「数十匹もー?」

 セリオの説明にゆきちゃんが目を丸くしています。

「かえったら大変だから何とかして、セリオ」
「――はい、では早速……」

 セリオはちょうど沸かしていたやかんを手に持つと、お勝手口から外へ出ました。
 そして、地面の上にキッチンペーパーごと卵を置き、上から熱湯をじゃばじゃばとかけました。

「これで大丈夫よね……」

 お母さんが台所から顔だけ出して言いました。

「――念には念を入れましょう」

 セリオはそう言うと、卵をキッチンペーパーで包み、上からサンダルで踏み潰しました。

「――これで大丈夫」
「ありがとう、セリオ。お陰で家中にゴキブリが蔓延する事態だけは避けられたわ」
「――孵化する前に見つけてよかったですね」

 お母さんの言葉にセリオが答えます。

「ゆきちゃんのお手柄ね」

 お母さんはゆきちゃんの頭をなでるとそう言いました。

「えへへーっ」

 ゆきちゃん、思いがけず誉めてもらえて嬉しそうです。

「さ、続き続き」
「――はい」
「お腹すいたーっ」

 お母さんがゲンを担いだのか、その日の夕食はトンカツでした。


 それからしばらくの間、ゴキゴキコイコイに獲物がかかっていないか調べて回るのがゆきちゃんの役目となりました。

「うーん、今日もかかってないなあ……」
「――そうですか」
「ホントにゴキブリいるのかなー?」
「――あの一匹だけではないと思うのですが……」
「お母さんもそう言ってたよねー。不思議だなぁ」
「――はい」

 毎日毎日チェックを続け、いい加減ゆきちゃんが飽きてきた頃のこと。
 セリオとお母さんとゆきちゃんの三人が台所のテーブルでなにやら話をしていました。

「――それにしても不思議です。一匹もかからないのは不自然です」

 セリオが”ゴキブリが一匹も取れないこと”に対する疑問を、お母さんに投げかけています。

「そうね……。確かに変よね。一匹くらい引っかかっても……ねえ?」
「――はい」

 二人揃って首をかしげるお母さんとセリオ。

「あれかしら。例のクモ君が残ったゴキブリをあらかた退治しちゃった、とか」
「――そうかもしれません。でも、こんなに早く効果が出るとは思えないです……」

 おかしいわね、とまたしても首をかしげる二人。
 そんな二人にゆきちゃんが言いました。

「ねえねえ。お父さんが、ゴキブリはセリオお姉ちゃんのやっつけた一匹だけだったってことはないの? って言ってたよー」
「うん、でも言うじゃない、ゴキブリは一匹見つけたら百匹だって」
「うー、あたしに言われてもこまるよー」
「それはそうなんだけどね」

 口をとがらせるゆきちゃんの仕草に、お母さんが笑いながら答えます。

「――気になって夜中に台所を見に来ているのですが、一度もゴキブリに遭遇したことがありません」

 『ゴキブリがいるなら夜行動するはず』セリオはそう思って、ゴキブリが出ていないか夜な夜な見て回っていたのです。

「本当に何匹もいるのかなぁ?」

 ゆきちゃんが聞きました。

「うーん、そう言われると自信ない」

 お母さんが額に人差し指をあてながら答えます。
 しばしの沈黙。
 しばらくして、なにやら考える風な様子だったセリオがその沈黙を破りました。

「――もしかすると、台所に落ちていた卵は、あのゴキブリが産んだものだったのかも知れません」

 お母さんとゆきちゃんの視線がセリオに向けられます。

「――どこからかお勝手口に飛んできた身重のゴキブリが台所で卵を産み、
お家の中へ動こうとしていたところを私たちが見つけたのではないでしょうか?
ゴキブリは見つけたときはかなり動作が鈍かったです。いざ捕まえようとすると急に動きが良くなりました。
最後の力を振り絞ったのかも知れません」
「え? ちょっと待ってセリオ。と言うことは……」

 お母さん、セリオの言わんとするところに気づいたようです。

「――はい。家の中に他のゴキブリはいないと思います。もっとも、あの場で卵に気づいていなければ、
今頃家中ゴキブリだらけになっていたかもしれません」
「……ゆきちゃんのお手柄ね」

 首をすくめる仕草のお母さん。
 どうやらゴキブリの侵攻を水際で食い止めたようです。

「――コイコイやお団子が無駄になってしまいました」

 壁際にしかけれられているコイコイを見ながらセリオが言いました。

「そんなことないよー。また別のゴキブリがやってくるかもしれないよー」

 ゆきちゃんがセリオに言いました。

「そうね。まあ、結果オーライってことで」

 ゆきちゃんの言葉を受けて、お母さんがにっこり笑って言いました。

「――はい」

 うなずくセリオ。どうやら一件落着のようです。


 ピピピッ、ピピピッ。
 お風呂の準備ができたことを知らせる音が聞こえてきました。

「あたしお風呂に入ってくるねー」

 ゆきちゃんが鼻歌交じりのごきげんで一番風呂に向かいました。

「く、く、く、く、くも、くもくもくも〜〜〜〜っっ」

 しばらくして、和やかなリビングの空気を打ち破るように、ゆきちゃんの声が響きました。
 お風呂場からです。そして、バタバタバタバタ〜〜、と言う足音とともに血相を変えたゆきちゃんがリビングに飛び込んできました。
 よっぽど慌てていたのでしょう、裸のままです。

「――ゆきちゃん、どうしたんですか?」

 セリオがゆきちゃんに尋ねます。

「くもくもくもくもくも〜〜〜〜っ。お風呂にクモがいるのーーーーー。おっきいのー。目があっちゃったのーー」

 血の気の引いたゆきちゃんがまくしたてます。

「セリオ、もしかして……」
「――ですね」

 ゴキブリを退治してくれるアシダカグモも、ゆきちゃんにとってはそこいらのクモと一緒。
 気持ち悪いことに変わりはありません。
 いえ、もしかしたら他のクモよりも大きい分、余計に怖いのかもしれません。
 その日からしばらくの間、ゆきちゃんはセリオと一緒でないとお風呂に入れなくなってしまいました。

 あちらが立てばこちらが立たず。
 なかなか難しいですね。

fin


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小説痛快#04掲載時のあとがき
 前回お休みを頂いたちひろです。
 ご覧いただきありがとうございました。
 はしやすめ―と言うことで短いお話を二つお送りしました。
 いかがでしたでしょうか?
 相変わらず「ちびセリオ」に「ゆきちゃん」と言うことで、進歩の「し」の字も見当たらなくてすみません。
 浩平×澪とか祐一×美汐とか量産マルチとかが頭の中で渦巻いた挙げ句まとまりきらなかったので、
またの機会に書けるといいかな? と思います。
 読んでくださった全ての皆さんと、誘ってくださった桜木さんに感謝。
 それでは次の機会に(干されていなければ)お会いしましょう。
                        2002.11.30 ちひろ拝

 ……え? まだスペースが余ってる??
 さいですか。ではちょっと宣伝。今回お送りしたちびセリオとゆきちゃんの別のお話が
   ちびセリオ――無限夜桜の「轟天社」のページ
   ゆきちゃん――さくらがおかの「いつかどこかのまちで」のページ
 に掲載されています。よっしゃ、他のも読んだろか、と言う貴方。お暇な時にでも
覧頂けると、作者は小躍りして喜びます。よろしくお願いしますねー。


収録にあたって
 拙作をご覧頂きありがとうございました。
 このお話は「いつかどこかの町で」シリーズの7作目にあたります。
 サークル轟天社の小説痛快#04に寄稿したお話です。
 ゴキブリを水際で阻止した話は実話で、それまでほとんどゴキブリのいなかった我が家が
まさに侵略される瀬戸際でした。
 アシダカグモさんは以前住んでいた家に家付きのが居られまして、嫁があまりに怖がるので
丁重に床下に移動していただきました。
 彼らは足が速いですよね。

 いつかどこかの町でこんな出来事が起きるその日を楽しみに、それではまた。
 
初出 2002.12.30
Web掲載 2010.05.23

 

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