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ちっちゃなセリオの物語〜通勤電車は危険がいっぱい?




前口上
 本作は小説痛快01に掲載された「ちっちゃなセリオの物語」の続編になります。
 本作だけでも楽しめるようになっていますが、前作をお読みいただいてからの方がより
お楽しみ頂けるのではないかと思います。
                                   作者敬白


 ある日の朝、ちびセリオのちーちゃんと彼女のマスターさんがいつものように会社に向かっていました。
 駅に向かって、たったったったった〜 と駆けていきます。
 ちびセリオはマスターさんの胸ポケットの中。
 朝の風を顔に受けて嬉しそうにしています。

 ところで、ちびセリオってご存じですか?
 「ちびセリオ」と言うのは、ミリオンセラーとなったハイエンドメイドロボット、来栖川電工HM-13型「セリオ」の携帯版です。
 セリオと同じ赤い髪と独特な形をした耳飾りをし、同じような外観をしています。
 違うのは、ちびセリオがセリオと比べてとても小さいこと。
 ちびセリオは携帯型だけあって、大きさも12分の1の手のリサイズになっているのです。
 また、小さいためにセリオの全ての機能を搭載することは出来ず、秘書さん機能に特化しているのもちびセリオの特徴の一つです。
 そのせいかPDAセリオ、と呼ぶ人もいます。
 最近では、その愛らしい風貌とコケティッシュな振る舞いが受けたのか、愛玩用に購入する人もいるのだそうです。

 会社に向かうマスターとちびセリオ。
 ちびセリオは会社の事務担当のセリオさんとは違い、マスターさんの持ち物です。
 だから、毎日マスターさんと一緒にこうしてお家から会社に通います。お家から会社までは徒歩と電車とバスで1時間ちょっと。
 近すぎず遠すぎず……もしかするとちょっと遠いかも知れないけれど、通うには手頃な時間です。
 お家から電車の最寄り駅までは歩いて10分足らず。
 大抵その間、ちびセリオはマスターさんの胸ポケットの中にいます。
 たったったったったっ、とマスターさんが坂を駆け下りるときとかに、一緒に朝の気持ちいい風を感じることができるので、
胸ポケットはちびセリオのお気に入りの場所なのです。
 でも、ひとたび駅についてさあ電車に乗ろう、と言うことになるとそうも言っていられなくなります。
 マスターさんとちびセリオが乗る電車はその近所でも混雑することで有名な満員電車。
 場所によってはまるでおしくら饅頭状態なんです。
 そんな状況で胸ポケットにいたら、ぺしゃんこにつぶれた平べったいちびセリオができること請け合い。
 ちびセリオは駅に着いたら胸ポケットを出てマスターさんの鞄に移るのがお決まりになっています。
 ところがその日はお家を出るのがいつもよりも2〜3分遅めでした。
 2〜3分とバカにするなかれ。
 朝の数分は乗る電車を決める重要なファクターの一つなんです。
 電車が1本変わると乗るバスがずれてしまいますから、結果として会社に着くのが10分とか20分遅くなってしまいます。
 マスターさん、駅に向かってダッシュダッシュ! いつもよりも勢いよく坂を駆け下ります。

「がんばってください〜 あと5分です〜」

 胸ポケットでマスターさんに声援をおくるちびセリオ。彼女にできるのはそれくらいだからです。
 駅について、だっだっだっだっだっだ、とホームの階段を駆け上がると目の前に乗る電車が停まっています。
 間一髪セーフ。どうやらいつもの電車に間に合いました。
 ふぅ、と額の汗を拭うマスターさん。と、その時胸ポケットからうめき声が……。

「あう、つ、つぶれちゃいます〜」

 急いでいたので、ちびセリオを鞄に移し損ねたみたい。
 でももう電車は動き出しています。
 助けてあげたくてもその余裕がマスターさんにはありません。

「マスターさんマスターさん、肩に移ってもいいでしょか?」

 どうやら胸ポケットを脱出して外に出ようとしているみたいです。
 マスターさん、一も二もなく了承です。

「んっしょ、んっしょ……」

 ガタン、と電車が大きく揺れた瞬間、ちびセリオが胸ポケットから抜け出てきました。
 マスターさんのシャツをつかみながら、そのまま肩の上まで器用に登っていきます。

「ふぅ〜 つぶれちゃうかと思いました〜」

 左肩の上に座って、一息つくちびセリオ。
 落ちないように右手でマスターさんシャツの襟をつかんでいます。
 額の汗を拭う仕草はきっとマスターさんの癖が移ったんでしょうね。


 電車は相変わらず満員のまま走り続けています。
 時折大きく揺れますが、それもいつものこと。
 揺れる場所は大体同じだからみんな慣れっ子でちょっとバランスを崩すぐらいです。
 ガタン、と電車が大きく揺れました。
 マスターさんも他の乗客も慣れたように揺れに合わせてバランスを取ります。
 でも、いつもは鞄の中のちびセリオには、その揺れは予期しない大きなものだったようです。

「あ、あう〜〜」

 ガタン、と揺れた拍子に襟をつかんでいた手が離れてしまい、マスターさんの肩から転げ落ちそうになってしまいました。
「あうあうあう」

 とっさに手を出して何かをつかんだおかげで、かろうじて下に転げ落ちずに済んだちびセリオ。
 でも……。

「あ、ありゃ……」

 どうやらつかんだのはマスターさんの服ではなく、マスターさんの後ろに立っているOL風なお姉さんのブラウスだった
みたいです。
 え? と言う顔で胸元を見るお姉さん。
 セミロングがよく似合うナチュラルメイクの年の頃なら20前後と言ったところです。
 ちびセリオと目があって、絶句。

「あ、あははー ごめんなさいです〜」

 引きつったような笑みでその場の空気を取り繕おうとするちびセリオ。
 ぱちくりぱちくりと数回瞬きをして、ようやく自体が飲み込めた感じのお姉さん。
 振り返れず、とにかく平謝りのマスターさん。
 さて、どうしましょう?
 今ちびセリオはマスターさんの目の前にいるお姉さんの胸にのっかる形になっています。
 いっぱいに伸ばした手でお姉さんのブラウスをつかんでいますが、このままだと遅かれ早かれ床に落ちちゃいます。
 でも、マスターさんにはどうにもできないし、ちびセリオにもどうにもできません。
 
 一瞬の沈黙があたりを包みました。聞こえてくるのは、電車の音だけ。

「気をつけなくちゃダメだよ。ほら、これで移れるでしょ?」

 その沈黙を破ったのはお姉さんでした。
 お姉さんは、しょうがないなあ、と言う感じで微笑むと、ちびセリオがマスターさんの背中に戻りやすいように、
胸をマスターさんの背中にギュッと押しつけてくれたのです。

「あ、ありがとです〜」

 すかさずマスターさんの背中に移るちびセリオ。
 ほっと一安心。後ろを振り返って頭をぺこぺこ下げています。

「特別大サービスね」

 笑いながらちびセリオにそう答えるお姉さん。
 確かに特別大サービスです。
 いろんな意味で。
 もう一度お姉さんにお礼を言ってから、ちびセリオはマスターの肩の上に戻りました。

「あ、あの〜 マスターさん、マスターさん。頭の上の方が安全そうなので、そっちに移
ってもいいでしょか?」

 でも、ちびセリオの提案はマスターさんに1秒で却下されてしまいました。
 実は以前にも鞄に入り損ねたことがあって、その時はマスターさんの頭の上にパイルダーオン状態で
座っていたのですが、髪の毛をつかまなければいけないことと周囲にくすくす笑われることがマスターさんの
お気に召さなかったようです。
 ちびセリオは結局つぶれるのを覚悟で胸ポケットに戻ることにしました。
 なんやかんやと言っても、落ちないと言う点ではそこが一番安全なのです。
 胸ポケットに潜り込んで、ちびセリオは思いました。

「どんなことがあっても電車に乗る前は鞄に入ろう」
「入り損ねたら胸ポケットでおとなしくしていよう」
「床に落ちたら、それこそぺしゃんこにされちゃうかも知れないから」と。


 とても人のいいお姉さんに感謝しながら、ちびセリオは胸ポケットの中で居眠りを始めるのでした。

「く〜〜」

 ちなみに今日一番おいしい思いをしたのは……。言うまでもなくマスターさんですね。

fin


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