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 いつもの酒場のいつもの部屋。
 いつものようにパーティの会議が開かれる日のこと。
 いつもよりもちょっと早くついたしーなが、テーブルに突っ伏し盛大に溜息をついていた。

「はぁーーーーっ」

 そして、手に持った紙、チラシとかビラとかそんな大きさの紙を見つめ、もう一度盛大に溜息をついた。

「はぁーーーーーーーーっ」
「よ、どうした、しーな。ずいぶんとでかい溜息だな」

 いつの間にかやってきていたDDが、いつもらしからぬしーなの溜息を聞いて声をかけた。

「はえ? あ、D、DDさん。こんばんはです。お、お酒はなにが良いですかーっ?」

 予期せぬDDの声にビクンと身体をふるわせたしーなは、手に持ったビラをポケットにねじ込み、
DDにいつものように、少なくとも本人はいつものようなつもりで返事をした。

「ビールを頼むよ」

 DDがいつものように答える。

「わかりましたーっ」

 しーなは内心ほっとしながら、ビールとつまみを取りに奥へ入っていった。

「おまたせしましたーっ。今日は港町で作っているって言う地ビールですーっ。とれたばかりの枝豆と一緒にどうぞ」

 奥から出てきたしーなは、手に持ったビールのジョッキと、ゆであがったばかりの枝豆をDDの前に置き、
自分はいつもの自分の席に腰掛けた。

「お、さんきゅう。……ん? 足りないな」
「ほえ? 少なかったですかーっ?」

 しーなはDDが食べる分量を心得ている。
 だから、DDの意外な言葉に首をかしげた。

「ああ、足りない。その右ポケットに入ったチラシが」

 DDはビールを一口飲み、枝豆をつまみながらそう言った。

「……ばれてました?」
「ばれてないわけないだろ?」

 やっぱり、と言う感じで舌を出すしーな。

「さっきのしーならしくない盛大な溜息の原因がそれだってくらいは、鈍いオレにもわかる。
なにが書いてあるんだ? イヤなら見せなくてもいいが」
「見ても面白いことなんて書いてないですよ。港町のはずれで拾った、とある人の捜索のチラシですから」
「捜索? ああ、尋ね人ってヤツか」
「ええ」

 しーなは右ポケットから、さっきしまった紙を出し、DDの前に置いた。

「尋ね人」
名前:アミア=グレーゼレット
性別:女性
年齢:17歳
特徴……

 紙には、ポニーテール姿の女性の人相書きと詳細、連絡先、謝礼が記載されていた。

「ひゅーっ、とんでもない額の謝礼だな。5年は遊んで暮らせるぜ」

 DDが尋ね人の文面を読み、そう言った。
 半ば、あきれているようだ。

「そうですね」

 しーなも、あきれたように言う。

「……この絵の女の子、どっかで見たことがあるような気がするな」

 DDが記憶の糸をたどるように中空を見つめる。
 絵の女性は、まるで聖母のような暖かい癒しのまなざしをしていた。

「たれた目、おっとりしていそうな雰囲気、耳飾り……。耳飾り?」

 DDは見ていた尋ね人のチラシから視線を目の前の少女へと移した。
 目の前の少女は、いつも付けている耳飾り―ホーリーシンボルでもある特徴的な耳飾りを外そうとしていた。

「慌てて外そうとしてもダメ」
「あ、あははーっ」

 しーなは外し損ねた耳飾りを元の通りに着け直すと、ほほをポリポリとかいた。

「なあ、しーな。後ろで髪の毛をまとめてみてくれないか?」
「こうですかーっ?」

 観念したように、しーなが髪の毛をポニーテールにまとめる。
 尋ね人に描かれた女性のように。

「……しーな、おまえ、もしかして」
「あははーっ、困りましたねーっ。ここまでは来ないと思っていたのに……」

 しーなは珍しく、本当に困ったような表情を見せ、テーブルに突っ伏した。

「どういうことなんだ?」
「書かれているとおりです」
「しーなが、この尋ね人の女の子ってことか?」
「そうですーっ」
「一体全体、なにがどうなってるんだ?」

 予期せぬ事態に、困惑した様子のDD。
 しーなは突っ伏したテーブルから顔を上げ、DDを見据えると、こう切り出した。

「迷惑になるし、気を使われても困るので皆さんには黙っていたのですが、DDさんには、お話ししますね。
しーな、と言うのはこの大陸にやってきたときに付けた名前です」

 ため込んでいたものをはき出すように、しーなが語りはじめた。
 もう一人の自分の物語を。


「私の名前は、アミア=ウィム=グレーゼレット。でも、もうこの名前を名乗ることはないと思っていました」

「この、アストローナ大陸よりももっと東に、アストローナ大陸よりも大きな大陸があります。
私が生まれたのはその大陸です」

「グレーゼレット家と言うのは、代々知神ウィリアミスの神官、それも大司教を排出する家柄で、私も生まれたときから
神官となるべく育てられました。父も母も、祖父も祖母も、二人いる兄も、みな神官です」

「聖母と言われた祖母、聖女と称された母の血を受け継いだのか、私には幼いころからウィリアミスの声が聞こえました。
周囲は喜びましたけど、なぜそれがすごいことなのかよくわからなかった。聞こえるのが当たり前と思っていました」

「誰となく、私をウィムの聖女と呼び始めました。ウィムと言うのは私の洗礼名です。ウィリアミスのことをさします。
それが兄たちには面白くなかったのでしょうね」

「10歳の時、私は自分から修道院に入りました。父も母も、周囲も、そんな必要はないと言いましたが、
家にいても面白くなかったんです」

「修道院に入って、みんなと生活して、ウィムの聖女と持ち上げられている自分に疑問を持ったんです。
このままでいいのか、と。悩む私にウィリアミスはこう言いました。『思うようになさい』って」

「15になった次の日に、私は修道院を出ました。騒ぎになっても困るので、修道院のシスターと両親に書き置きを
残しました。自分を捜してみたいから、しばらく旅に出ますと書きました」

「素性を隠して旅に出てみて、色々な発見がありました。私が思っていた以上に世界が広いこと、様々な人が様々に
生きていること。修道院の中や家では決して知ることのない世界でした」

「ついでに、旅に出てみて、私への悪口が広まっていることも知りました。お嬢様育ち、とか、わがまま、傲慢、
無慈悲など、よくもまあ、と言う内容でした」

「そのこと自体ショックだったのですが、一番ショックだったのは、噂を流しているのが兄たちだったと言うことです」

「将来の大司教の座は妹にはやらん、と酒場でくだを巻いていたというのですから、あきれてものが言えませんでした」

「私は家に戻る気がなくなりました。もちろん、ウィリアミスへの信仰を捨てたわけじゃないです。
家で、つまらない争いに巻き込まれるのはごめんだと思ったんです。そんな日々を過ごすくらいなら、
困った信者さんたちの力になりたい、そう思ったんです」

「家から離れた小さな町の小さな教会にお世話になることにしました。シスターにも神父様にも申し訳ないと思いながら、
旅に出たときから使っている偽名を使いました。気を使わせたくなかったんです」

「町の人たちに頼まれて、冒険に出たこともありました。隣町で疫病が流行ったときは、神父様と一緒に寝ずに癒しを
かけてまわりました。町の人たちはみないい人で、よそ者だった私を分け隔てなく受け入れてくれました。
このままこの町に居ようと思いました」

「1年が過ぎた頃、町にやってきた劇団の方から、私の捜索が行われていることを知りました。書き置きをしたのに
どうしてだろうと思いました」

「劇団の方に、それとなく状況を聞いてみました。家や修道院で大騒ぎになっているようでした。私の徳の高さを妬んだ
兄たちが私を失踪したように見せかけた、と言う噂が流れていました」

「どうしたものかと考え、悩み、ここにいることを連絡しようかと迷いました。多分、家に知れたら連れ戻されるだろう
と言うことは、容易に想像がつきました。ウィリアミスは『思うようになさい』と繰り返されました。一晩悩み、神父様に
素性を明かしてここに置いて頂けるようお願いしようと思いました」

「教会へ足を運ぶと、神父様と劇団の座長さんが話をしているところでした。聞こえてきた二人の話に、
思わず物陰に身を隠しました」

「座長さんが、私の素性に気づいた様子で、神父様に連絡するようにしきりに勧めていました。謝礼がもらえれば
この教会も楽になる、自分に分け前を少しくれればそれで良い、そう話していました」

「神父様は悩んでいらっしゃる様子でした。私が素性を告げずにここにいると言うことは、なにかあるのだろうと思われたようでした」

「座長さんは、それなら自分が連絡すると言い残して教会を出て行きました。もう、一刻の猶予もありません。
ここにいて家からの捜索隊につかまるか、それともここを出て行くかのどちらかです」

「夜を待って、身支度を始めました。夜が明ける前に町を出るつもりでした。劇団が向かったのとは逆の方向。
海を目指すつもりでした」

「夜明け前に教会をでました。神父様とシスターに感謝を込めて書き置きを残しました」

「町はずれまでたどり着いたら、そこにシスターが待っておられました。シスターは私になにも言わず、焼いたばかりのパンを
持たせてくれました。私は、こっそり出て行く非礼を詫び町をあとにしました。パンには神父様からの手紙が入っていました」

「港町までたどり着き、船をさがしました。家から遠く離れる一番の方法だったからです。
一番早く、一番遠くまでゆく船をさがして乗り込んだのがアストローナ大陸行きの船でした」

「船長さんは、あそこは私のような女の子がゆく場所じゃない、と止めてくださいましたが、その方が家の捜索も来ないと思い
無理を言って乗せてもらいました」

「アストローナ大陸につく頃にはウィリアミスの声は聞こえなくなっていました。力の及ぶ範囲の外だとおっしゃっていました。
無事についたらフェルアーナと呼ばれる女神の教会へ行くように言われました」

「船の中で髪型を変え、名前も変えました。お世話になった教会のシスターの亡くなったお嬢さんの名前を借り、しーなと名乗りました」

「こちらについてからは、DDさんもご存じの通りです。フェルアーナ教会に所属し、各地を歩くうち、ディアスの所行を
見かねたのが皆さんとパーティを組むきっかけでした」


 ジッとDDを見据え、時折思い出すような仕草を見せながら、しーなは心の奥底にしまい込んでいた記憶を紡いでいった。
 しゃべり終えたしーなの顔は、今までよりも晴れ晴れとしているようだった。

「なるほどな、でかい溜息をつきたくなるわけだ」

 DDがかぶりを振った。

「そうなんですよーっ。ほんの数年で、まさかこっちの大陸まで捜索が来るなんて、思っても見ませんでしたーっ」

 いつもの口調に戻って、しーなが笑う。

「だなあ」

 DDは、いつのまにか注がれた2杯目のビールを飲みながらつぶやいた。

「あ、そうだ」
「ん?」
「これでDDさんは、私の共犯者ですからねーっ。謝礼に目がくらんでも私を売っちゃダメですよーっ」
「な、バカなこと言うんじゃねえ。……誰が売るもんか」

 しーなの冗談めいた言葉に慌てるDD。
 笑うしーな。

 カランコロン。
 場が和んだところへ、良いタイミングでカズが入ってきた。

「おーっす、遅れてすまんな」
「よ、旦那」
「リーダー。こんばんはーっ」

 しーながビールと枝豆を運ぶ。

「なあ、二人とも聞いたか? 嵐で遭難して流れ着いた船から見つかったビラの話」
「ビラ?」

 カズが町で仕入れた話をはじめた。

「ああ、なんでも尋ね人のビラらしいんだが、その謝礼が莫大だって言うんで、冒険者の間で評判になってる。
数年は遊んで暮らせる額らしい」
「そうなんですかーっ」

 カズにしーなが相づちを打つ。

「ところがな、そのビラを誰も見たことがないんだ」
「はえ?」
「どういうことだ?」
「見つけたヤツがドジで、数枚しかないビラを風に飛ばしちまったんだと」

 カズはビールを飲みながら残念そうにそう言った。

「ってーことは、誰もそのビラの実物を持ってないのか」
「そう言うことだ。だから本当かどうか眉唾かもな」
「なるほどな」

 DDがちらっとしーなを見た。
 しーなもちらっとDDを見る。
 それで全てが通じた。

「リーダー、2品目はなにが良いですかーっ? タンステーキならすぐに焼けますけど」
「お、そいつはいいなあ」
「じゃあ、ちょっと待っててくださいねーっ」

 奥へ消えるしーな。

 カランコロン。
 ドアベルの音と共に弥都波が入ってきた。

「こんばんは。遅うなってごめんね」


 そしていつものごとく会議が始まり、いつものごとくの酒宴となるのであった。


fin20050122

「DK2後日談 ―闇の晴れるとき―」へつづく      リストに戻る。