「とある司令部の物語 その1 〜司令着任ス〜」


 とある鎮守府のとある司令部。その建屋の木の階段を一人の少女が駆け下りていた。
白いセーラー服に身を包んだ青く長い髪の少女だ。彼女は脇目も振らず建屋の入口を
目指していた。まだうら若く幼さも感じさせる横顔は、だがとても真剣で、でもなんとなく
うれしそうな気配を漂わせていた。建屋の入口にたどり着いた少女は駆けてきた勢いのまま
扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。
 同じ建屋の入口に一人の男が立っていた。海軍二種軍装に身を固めたその男は襟章から
海軍大佐のようだった。男は背筋を伸ばし帽子のつばを直すと、建屋のドアノブに手を
伸ばした。ガチャリという音とともにドアノブが回る。男が扉を開くと不意に中から
黒い塊が飛び出してきた。

「わ、わわわわわわわわわわわ」

 男は手に持った鞄を地面に落とすと両手を広げその青黒い塊を身体ごと受け止めた。
どうやらバランスを崩して一緒に転がるという醜態を晒さずにすんだようだ。男は軽く
息を吐くと自分の胸元に飛び込んできた青い塊を見やった。白いセーラー服、青く長い髪の
少女だった。

「え? えーっと……」

 ぎゅっと目をつむっていた目を開けて少女が男の顔を見上げた。

「大丈夫かい?」

 男の声にコクリと頷いた少女は、自分の今の状況を理解したのか慌てて男の胸から離れ
直立不動になり、男に向かって敬礼をした。

「わ!? す、す、すみません! 失礼しましたっ。私は白露型六番艦五月雨です。
司令部の秘書艦を拝命しています。失礼ですがこの度着任された司令でしょうか」
「うん。本日よりこちらの指揮を執る。世話になるよ」

 男は返礼するとそう返した。彼女の姿を今一度見る。男は少女然とした五月雨の姿に
少し面食らったようだった。

「お迎えに上がろうとしたところ大変失礼しました」
「元気があるのはいいことだ。ケガはないか?」
「はい、ありません」

 五月雨の元気な返事に男がそうかとまなじりを下げる。釣られたのか五月雨がニコッと
微笑んだ。

「それでは執務室にご案内します」

 五月雨はそう言うと男の鞄を拾い上げ、建屋の中へ入っていった。男も五月雨の後に続き、
建屋に入る。目の前を歩く五月雨の姿を見て、これが艦娘か、と男は思った。自分の娘と
さして変わらないではないか、と。男は話には聞いていたものの艦娘と会うのはこれが
初めてだった。


 古びた建屋のギシギシと音を立てる木の階段を上り、廊下を歩いて行くと「執務室」の
札のかかった扉に行き着いた。

「こちらです」

 五月雨が扉を開ける。がらんとしたなにもない部屋だ。机すらない。中には男が送った
段ボールが数箱置かれているだけだった。
 五月雨は段ボールの影をチラチラと見たり、天井を見上げたりして落ち着かないそぶりを
見せていたが、なにか意を決したように軽く咳払いをすると、男の鞄をその段ボールの上に
置きくるんと男の方に向き直った。それは何度も何度も練習したかのようなステップだった。
そして多少ぎこちなく両手を広げるとちょっと引きつり気味の精一杯の笑顔で男にこう話しかけた。

「かもなー、あわおふぃす!」

 静寂があたりを包む。男はなにが起きたのかとっさには理解できなかったようだ。
両手を広げた少女の顔がみるみる赤くなっていく。

「わー、わー、わー、ごめんなさい、ごめんなさいー。なんにもなくて殺風景だから
せめてこのくらいはって教えてもらいまして。その」

 顔を真っ赤にした五月雨は、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。男は五月雨の気持ちを
察したのか微笑むと、五月雨の頭に手を載せた。

「さんきゅーふぉーゆあうえるかむ、さみだれ」
「え……っ」

 男の言葉に五月雨が顔を上げる。

「気遣いありがとう。ご覧の通りなんにもないが、ここから一緒に司令部を作っていこう。
よろしく頼むよ」
「あ……、はいっ」

 かけられた言葉に五月雨の顔がほころんだ。

「さて、と。先ずはどこかから机を取ってこないとだな。心当たりはないかい?」
「それなら確か向こうに鎮守府の倉庫が……」
「よし、じゃあ初仕事だ。案内頼む」
「はい!」

 こうして男―司令の鎮守府での日々が始まったのだった。

「ところで五月雨。あの歓迎は自分で考えたのか?」
「いえ、工廠の妖精さん達が教えてくれました。きっと喜んでくれるって」
「工廠の妖精?」
「はい、ほらあそこに」
「どこだい?」
「段ボールの陰です」
「てへぺろ」


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