「とある司令部のものがたり その2 〜司令部の船出〜」


「……はあ」

 五月雨のため息ががらんとした部屋に響く。
 ここはとある鎮守府のとあるできたばかりの司令部の執務室。ちなみに司令は席を外している。
上の階の奥の部屋に用事があるらしい。

「……はあ」

 本日十数度目になるため息が漏れる。

「どうしてよその司令部はあんなに素敵な艦娘が秘書艦なんでしょう。それに引き換え私は……」

 どうやら先日であった司令の知り合いのところの艦娘を思い出しているらしい。
 話は数日前に戻る。


「よお、貴様も偉くなったな」

 鎮守府を歩いていた司令と五月雨に、艦娘を連れた将校が声をかけた。
少将の襟章だ。司令が直立不動の姿勢を取り素早く敬礼する。

「よせよ、貴様とオレの仲だろう?」
「一応上官だからな」

 そう司令が笑う。

「しかし、ようやくこっちに来たか。遅すぎやしないか?」
「下から数えた方が早かったからな。オレは」

 少将の襟章をつけた将校と司令が親しげにやりとりする様を五月雨が鳩に豆鉄砲という顔で眺めていた。

「ん? その子が秘書艦か?」
「ああ、うちの秘書艦の五月雨だ」

 話が自分に回ってきて慌てて再度敬礼する五月雨。

「白露型六番艦五月雨です」
「五月雨か。よろしく。オレはこいつとは同期でね」

 そうなんですか、と返す五月雨。目がチラ、チラッと横にいる艦娘に行く。
その視線に気がついたのか、司令が同期に艦娘の紹介を促した。

「そちらの秘書艦を紹介してもらえないか?」
「ああ、そうだな」
「高雄型一番艦高雄です」
「よろしく」

 司令が返礼をし、それから少しやりとりをして一行はそれぞれに別れたのだが、
五月雨の様子がおかしいのを司令は見逃さなかった。

「どうした、五月雨」
「あ、いえなんでも」
「なんでもない割には足下がおぼつかないな」

 そう、なにやら考え事をするかのような顔つきの五月雨は、司令部の建屋に戻ってくる間に、
なにもないところでつまずくこと数回、立ち止まった司令の背中にぶつかること二回、
その他にも曲がり角を曲がり損ねそうになったり、木にぶつかりそうになったり、
危なっかしいことこの上なかったのだ。

「あ……、その、素敵な秘書艦さんだったなと思いまして」
「ああ、先ほどの彼女か。高雄型の重巡だな。あいつらしいと言うかなんと言うか」
「やっぱり、重巡って素敵ですよね。おっきくって落ち着いていて」

 秘書艦って言うのはやはりああ言う艦種の方がやる方がいいんだろうな、と言う言葉を
飲み込んだ五月雨は少し負い目を感じてしまっていたのだ。


「……はあ」

 とは言え司令部はかけだしたばかりだ。所属艦娘も片手に余る状態でそれもみな駆逐艦。
出撃どころか訓練もままならない有様だ。しかも非協力的な跳ねっ返りが一人いて、
訓練に参加しようとしない。そのことが五月雨のため息の原因の一つになっていた。


 二週間前。司令部工廠。

「特型駆逐艦曙よ。って、こっち見んな!このクソ提督!」

 工廠にそんな声が響き渡る。なにごとかとおろおろする五月雨。オレはまだ大佐なんだがなと
ぼやく司令。五月雨に続く司令部二人目の着任は、駆逐艦の曙だった。
 先ずは司令部の見学を、と五月雨が連れて歩いたのだが……。

「なんであんなクソ提督と一緒にやってるの?」
「クソ提督はクソ提督よ。提督なんてみんな一緒よ」
「司令部ってこんだけぇ?大したこと無いわね」

 とたたみかけられた挙げ句。

「訓練? なんであたしがクソ提督のために訓練しなくちゃいけないの? あたしはあたしで勝手にやるわ」

 とまで言われてしまい、以来曙は訓練に参加しようとしないのだ。


「はあーーー……」

 ひときわ大きいため息をつき五月雨が机に突っ伏したのとほぼ同時に、執務室の扉が開いた。
司令が戻ってきたのだ。

「ん? どうした、五月雨」
「あ、し、司令。いえ、なにも」

 特大級のため息を聞かれ、顔を真っ赤にして否定する五月雨。

「なにもないはないだろう? あんなに大きなため息をついて」
「あの、いえ、その、あの……」

 ばっちり聞かれていたことに五月雨が更に狼狽する。

「とりあえず、話してごらん。悩みを抱えていては仕事もはかどらないしな」
「はい、実は……」

 ぽつりぽつりと主に曙関連のことを話し始める五月雨。

「なるほど、そう言うことだったか……。確かに軽巡なり重巡なりが一人いて、駆逐艦を
率いてくれると安心なんだがな」
「ですが、建造しても着任するのはみんな駆逐艦ですし……」

 曙以降、涼風、叢雲、霰、と着任したのはいずれも駆逐艦だったのだ。
そうだな……と腕組みをする司令。しばらく思案したところで数日前の同期の言葉を思い出した。

”工廠の妖精は気まぐれだからな。まあせいぜいうまくやることだ”

「きまぐれ……か」

 司令がそう呟く。

「なあ五月雨。君は工廠の妖精達との仲はどうだ?」
「仲……ですか?」

 五月雨が小首をかしげる。

「ああ、好かれてるとか懐かれてるとか、嫌われてることはないんじゃないか?」
「そうですね。工廠の妖精さんや装備の妖精さん達とはよくお話ししますよ」
「そうか」

 司令がなにか閃いたと言う顔をした。

「あの、それがどうか……」
「五月雨、工廠の妖精達が喜びそうなものとか催しとかに心当たりはないか?
妖精達が積極的に仕事をしそうなものがいいんだが」

 司令は妖精を懐柔できないかと思ったようだ。

「うーん……。あ、そうだ、そう言えば工廠長さんは……」
「ふむふむ」

 こうして司令と五月雨の妖精さんやる気アップ作戦が始まったのだった。


 話が大枠まとまって、やれやれといった感じで廊下を歩く司令と五月雨。
その目の前を曙が通りかかった。

「おお、曙か。今日も精が出ていたようだな」
「ふん、そんなこと言って手なずけようったってダメなんだからね。クソ提督」
「はあ……」

 五月雨の悩みはつきない。
 

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