「とある司令部のものがたり その8 〜天龍水雷戦隊へようこそ!〜」


 とある鎮守府のとある駆け出しの司令部。その建屋の最上階の一番奥の部屋にある、
なぜかバーベルなどを備えたトレーニング室。

「なんでこんな部屋がここに……」
「それは私が日々身体を鍛えるためだよ。書類仕事ばかりだからね」


「さて、と。昼飯まではまだ少しあるし、事情聴取といこうか」

 首尾良く戦隊の問題児であるところの曙を捕まえた天龍達。その曙をどうしたものかと
天龍は考えていた。

「あ、あの、なにか事情があると思うので、お手柔らかに……」

 五月雨がそう進言する。

「だから甘いって言ってんだよ。陸の上ならまだしも、戦場で戦うの嫌だって言われたら
戦力ダウンで下手すると全滅だぞ」
「はうっ」

 天龍、五月雨を一刀両断。

「オレは回りくどいのは苦手だから単刀直入に聞く。なにが不満だ」
「……」

 曙がぷいと横を向く。向いた先に司令の顔があり慌てて逆を向いた。

「だんまりか?」
「……」
「なんか言えよ」
「……あんた誰?」 
「なーっ」

 曙から返ってきた言葉に顔を真っ赤にする天龍。ギリギリと奥歯を噛みしめる。
腹に据えかねたようだ。

「おまえっ!」

 天龍がとっさに振り上げた拳を司令がむんずとつかむ。

「ははははははは。確かにそうだな。まだ顔合わせもしてないんじゃないか? 天龍」
「司令!」
「殴って聞くような相手か?」
「ですが、これじゃ統制が」
「殴ってできた統制は所詮上っ面だよ。いざという時に役に立たん」

 冷や水をかけられたように天龍の顔色が変わる。

「悪かったな……。オレは天龍型一番艦天龍だ。先日着任し駆逐艦全員を率いた水雷戦隊を任されている」
「あたしは綾波型八番艦曙。五月雨の次に着任した」
「そうか。曙、おまえなんで訓練に参加しないんだ」

 あくまで直球勝負の天龍の問いかけに、その場の全員の目が曙に集まる。

「しゃべる必要ある?」

 曙が憮然と答える。

「あるね。おまえはここの艦娘だ。そしてオレの水雷戦隊の一員だ。一員である以上オレの
指揮に従ってもらう。オレが訓練をすると言ったら参加するのが当然だ」

 天龍が射るような目で曙を見ながら努めて冷静に話しをする。その気迫に他の艦娘は口を
挟むことができないでいた。

「あたしは提督に散々痛い目に遭わされてきた。あの時も別のあの時も。
あたしの責任じゃないことまであたしのせいになった。そんなクソ提督のために
なんでがんばらないといけないの」

 横を向いたまま曙が答えた。その理由はなんとなくわかるようなわからないような内容だ。
天龍を始めその場にいる艦娘がみな首をかしげる中、一人司令だけがうんうんと頷くのだった。

「曙は、以前いた艦隊かなにかの関係で提督という存在にかなり強い不信感を持って
いるようだ。これは致し方のないことなのかも知れない。私はまだ提督ではないがね」

 司令の最後のセリフに思わず吹き出す五月雨。司令はまだ大佐で、だから提督では
ないのだ。しかし、司令官として司令部を預かる関係で「提督」と呼ばれることが有り、
その度にちょっと自虐的に「オレはまだ大佐なんだがな」とぼやくことが多い。
それを五月雨は思い出したのだ。
 司令のぼやきと五月雨の吹き出しで張り詰めていた空気がわずかに緩む。

「曙はよくここでトレーニングをしているんだよ。私が身体を鍛えていると、スッと
やってきて横で一緒にやっていったりもしている。訓練には出ていないが、それなりに
鍛えはしているはずだ。なあ? 曙」
「ふん。そうやって言ったってダメなんだからね。クソ提督」
「やれやれ嫌われたものだ」

 司令が苦笑いを浮かべる。

「だからさっきの追いかけっこで他の連中に負けないくらいの動きができたのか……」

 天龍が呟く。

「……外で走り込んでるのを、見たことある」

 天龍の言葉に霰が言葉を連ねる。

「とは言え、訓練に出てこないようじゃ連携とかそう言うのができねえしなあ……」

 天龍が首をひねる。ひねってひねってもげるんじゃないかと言うくらいまでひねったところで
天龍が閃いたと言うような顔をした。耳のセンサーがピコピコ動く。

「曙」
「なによ」
「おまえ提督のためにがんばるのは嫌だと言ったな」
「うん」
「よし、それならばオレのために戦え」
「は!?」

 天龍の言葉に曙の目が点になった。思わず天龍を見る。

「オレはおまえの指揮官だ。おまえがうちの戦隊の中できっちりやってくれないと困るんだ。
おまえの能力はよくわかった。提督のために働かなくていいがんばらなくてもいい。
オレとオレの戦隊のために、他の駆逐艦達のためにがんばってくれ。どうだ、それならば
文句はないだろう?」

 曙の目を見据えて話す天龍。曙はプイと横を向くとこう答えた。

「……クソ提督のためじゃないなら……いいわ」
「そうこなくっちゃ」

 思わず拳を握り満面の笑みを浮かべる天龍。

「よし、午後の訓練から早速参加だ。頼むぞ曙」
「……わかった」

 曙が頷いたタイミングで昼飯のラッパが鳴り響いた。それとほぼ同時に「ぐぅ〜」と天龍の
腹の虫が鳴り響き、一同が笑いに包まれたのを合図に一旦解散となった。

「昼だ昼だ」
「お腹すいたわ」
「今日のお昼はなんでしょうね」
「……カレー?」
「しっかり食えよ。でかくならないぞ」

 そんなやりとりをしながら食堂へ向かう天龍。なにか忘れているような……と首をひねるも、
駆け出す涼風に釣られて走り出し忘れていることも忘れてしまうのだった。

「ちょっと待ってよー。袋から出してー。天龍ーっ。五月雨ー。あたしもお昼食べるー。
もうクソ提督のバカーーーーっ」
 

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