「あなたに逢えたから」

――12月31日午後5時30分

プルルルル プルルルル
ガチャ

「はい、河合です」

受話器越しにのんびりとした若い女性の声が聞こえてくる。
小太郎の姉、雛子の声だ。

「こ、こんばんは、美咲と申しますけど小太郎さんは・・・」

いつも親しげに会話しているのに、電話だと妙に構えてしまう。

「こんばんは椎那ちゃん。かしこまってるから誰かと思っちゃった。あのね、小太郎はさっき練一くんや威明くんに連れてかれちゃったの」
「え、そ、そうなんですか?」

椎那の声のトーンが下がる。

「うん、そうなの。どこに行ったかもわからないの。威明くんが、『今夜はオールナイトだ〜』って言ってたから、かなり遅くなると思うよ」

椎那の心を知ってか知らずか、そう雛子が続ける。
多分気づいてないだろう、なんてったって雛子さんなのだから。

「そ、そうですか… わかりました。またお電話します」

そう答えた声はいつもの明るい声。でもちょっと無理してる声だ。

「ごめんね。帰ってきたら電話させるから」

雛子が申し訳なさそうに言う。

「いえ、電話があったことだけ伝えてもらえれば…それじゃ失礼します。よいお年を」
「うん、またね。椎那ちゃん、よいお年を」

プツ ツーツーツー

「はあ・・・」

椎那は受話器を置くと壁にもたれ掛かった。
ここ最近、小太郎とはすれ違いばかりだ。
椎那のクラブ、小太郎の趣味の集まり、どちらかの予定が空けばどちらかの都合が悪い、そんなことがもう一月以上続いていた。
特に12月は、原稿の追い込みだとかで、小太郎はかなり忙しいようだった。
だから、そんなこんなでクリスマスイブにも会うことができず、親しい友達と簡単なパーティをしただけだった。
ちなみに早苗と練一がそのパーティに来なかったのは言うまでもない。

「30日で一段落するからって言ってたのに…」

30日がイベントで、それが終われば暇ができる、小太郎はそう言っていた。

「だから今日電話したのに」
「クリスマス会えなかったから、せめて初日の出はって思ったのに」
「はあ・・・」

また溜息。最近多くなった気がする、天井を見つめながら椎那は思った。

――12月31日午後9:30

「レンラククダサイ」

小太郎のポケベルに、椎那はメッセージを入れた。
威明と練一と一緒では、多分ポケベルなんか見れないだろう、と半ば諦めつつ。
歌合戦を見ながら家族で年越しそばをたぐり、除夜の鐘が聞こえる時間になっても、小太郎からの連絡はなかった。
もう一度ポケベルに連絡を入れる。祈るように。

「はあ… わたしなにやってるんだろう」

ベッドに倒れ込むと、今日何度目かのため息をついた。

「わたしたち付き合ってるんだよ…ね? なんでこんなに寂しいの? なんで…」

椎那の視界が大きく滲んだように歪む。

「港の汽笛がとてもすてきだって操さんが教えてくれたから、一緒に行こうと思ってたのに…」

遠くに除夜の鐘を聞きながら、椎那は眠りに落ちていった。

その夜椎那は夢を見た……StarrySkyでのツーショット、日曜日のデート、クラブの最終日にチケットをくれたこと、夏休みの海水浴、ウインドウショッピング…やたらマニアックな店ばかり回るからびっくりしたこと、体操の競技会に応援に来てくれたこと……楽しさに輝いている椎那……そんな夢だった

――元旦午前10時

次の朝、椎那は母親の呼ぶ声で目を覚ました。
早苗から電話だと言う。
眠気まなこをこすりこすり電話をとった。なんとなく目がはれぼったい。

「あけましておめでとう、椎那 もしかして寝てた?」

いつもと変わらぬ早苗の声だ。

「……うん、おめでとう早苗。今年もよろしくね」

まだ半分寝てる、そんな感じ。

「ねえ、初詣、何時に待ち合わせる?」
「初詣って、あっ…」

寝ていた頭が少しずつ動き出してくる。

「うん、毎年2人で行ってるあの神社。4人じゃないのが残念だけど」

4人じゃない、その言葉に椎那はハッとした。
眠気が嘘のように覚める。
大晦日の夜、寂しい想いをしてたのは早苗も一緒なんだ、そう気づいた。

”でも、早苗はクリスマスは一緒に過ごせたんだから…… わたしなんて……”

そう言う考えが頭をかすめて、急に椎那は恥ずかしくなった。

”早苗は毎年一緒に行ってる初詣のことを覚えてた”
”だから今年は練一くんと小太郎くんも含めて4人で行こうと思ってた”
”最悪、練一くんだけ来れなくても、きっと早苗はわたしと小太郎くんを誘ったと思う”
”でも、わたしは初詣のことなんかころっと忘れてた”
”わたしは会えない寂しさに、会えないと寂しがる自分に酔ってたのかも知れない”

そう思うと椎那は、親友に顔向けできないような、そんな気持ちで一杯になった。

「ごめんね早苗」
「え? 行かないの?椎那」

早苗がびっくりした声で聞き返す。

「ううん、違うの」
「椎那?」
「違うの。大丈夫。それじゃ12時半にいつものところでいい?」

ちょっと余裕のできる時間にする。
昨日の夜と今の涙ではれぼったくなった目を覚ますためにも、シャワーを浴びたかった。

「12時半。お昼すませてからね。それじゃまたあとで」

かけてきたときと同じ調子で早苗が答えた。
電話を置き、シャワーを浴びに行く。
熱めのシャワーを浴びると身体がのろのろと動き出した。
お気に入りのリボンをして、こげ茶のダッフルコートを着て、椎那はいつもの待ち合わせ場所に向かった。


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