――元旦午後12時25分

早苗は早めに着いていたようだ。

「改めて、明けましておめでとう。今年もよろしくね。椎那」

早苗は椎那を見つけると笑顔で新年の挨拶をしてきた。

「明けましておめでとう。早苗。こちらこそよろしくお願いします」

椎那もかしこまってお辞儀をする。
少しして、ほぼ同時に頭を上げた二人はどちらからともなく笑い出した。

「あはははは、おかしいね。いつも会ってるのにこんなにかしこまって」

早苗が目尻に手をやった。

「うん、変だよね」

椎那はお腹に手を当てている。

「さ、いこう」

ひとしきり笑った後、二人はどちらからともなく境内に向かって歩き出した。
普段は閑散としてる神社も、今は多くの人で賑わっている。
参拝の列の最後尾に並び、取り留めのない話をしながら順番を待つ。
触れてはいけないことのように、お互いの相手の話題は出てこない。
……
……

「今日練一くんは?」

話が途切れかけたとき、思い切って椎那は早苗にそう聞いてみた。

「威明くんや小太郎くんと夜通しで遊ぶんだって、昨日意気揚々としてたわ。知らないの?」
「昨日の晩、小太郎くんの家に電話したら、もう出かけた後だったの。30日過ぎたら暇ができるからっていうから久しぶりに会えるかな?って思ったのに」

椎那は苦笑混じりにそう答えた。

「どこかでお酒飲んで、カラオケ行ってゲームセンター行って、最後はStarrySkyじゃないかしら」

早苗が予想する。

「多分そんなところね。全くしょうがないなあ」

まず間違いないだろうと椎那は思った。
そして、なんで男の子ってゲームセンターが好きなんだろう?と思うのだった。
しばらくして、早苗や椎那の番が回ってきた。
お賽銭を投げ入れ、思い思いに手を合わせる。

「ねえ、早苗。なにお願いしたの?」

お約束のように椎那が尋ねる。

「内緒」
「いいじゃない、教えてくれてもー」

すげない早苗のかわしように、椎那がむくれる。もちろんポーズだけ。

「じゃあ、ひ・み・つ」
「あーもうー」

さらにむくれる椎那、笑う早苗。
と、その時どこかで聞いたような声がした。

「早苗!」
「椎那っ」

椎那も早苗もハッとしてその声のほうを向く。

「練一くん…」驚く早苗。
「小太郎…くん?」我が目を疑う椎那。

二人の視線の先に、練一と小太郎が立っていた。

「な、だから言ったろ、出口で待ちかまえたほうがいいって。後を追っかけて鳥居をくぐってたら今頃会えなかったよ」

練一に向かって小太郎が得意げにそう言った。

「ああ、わかったよ。わかったからそんなに得意になることないだろ? もとはと言えばおまえが…」

ちょっとムッとした顔で練一が言い返す。
二人の間に険悪なムードが流れた。

「やめなさいよ」
「そうよ、ケンカなんてしないの」

早苗と椎那が割って入る。
いつものこととは言え、一触即発の雰囲気だ。

「だって練一が…」
「小太郎が生意気だからいけないんだよ」
「そんなにケンカしたかったら勝手にやりなさい、わたしたちは帰るから」

早苗が言ったこのセリフが決め手だった。
二人ともおとなしくなる。

「ま、会えたからよしとするか。な、小太郎」

練一がなんとか場を繕おうとしている。さてはよっぽど早苗が恐いらしい。
将来の恐妻家決定である。

「ちょっと不満は残るけど、そうだね」

不満げにむくれて小太郎は答えたが、椎那の視線に耐えられなくなったのかあわてて練一の言葉にうなずいた。

「み、見つけられてよかったね。練一」
「……ところで、どうしたの? ポケベルに連絡入れても返事くれなかったのに」

椎那が尋ねた。

「え? あ、そ、その……」

ばつが悪いのか口ごもる小太郎。

「いやな。昨日夜、威明と3人でさ、せっかくの年越しだから騒ごうって出かけたんだよ」

練一が助け船を出すように口を開いた。

「それは雛子さんから聞いたわ」と椎那。
「でな、適当に酒飲んで、その後カラオケに行って……3時間くらい歌ったかな? で、ゲーセン行って…… 最後にStarrySkyでだべってたんだ。そしたら、朝…何時くらいだろ?早番で来た操さんに怒鳴りつけられちゃって…… 操さんえらい剣幕でさ。特にこいつに」

練一はそう言うと肩をすくめながら小太郎を指さした

「なんで操さんそんなに怒ってたのかしら…?」

早苗が不思議がる。
「小太郎くん、操さんに特別怒られるようなこと、したの?」

合点が行かないようだ。
その横で椎那は話を聞いて納得していた。
なぜ操がそんなに小太郎を叱りつけたのか。

「こいつさ、操さんからすっげえいいスポット教えてもらってて行かなかったんだってさ」

練一が小太郎を小突きながらいった。

「いいスポット?」椎那が尋ねる。
「ああ、港の夜景がきれいに見えて、しかも除夜の汽笛がばっちり聞こえる、それでいてあまり人の来ないカップルのためのベストスポットだって」

練一がそう答えた。そう、椎那が操から聞いたあの場所だ。

「なのにこいつと来たら一晩中遊びほうけてStarrySkyで寝てるもんだから、操さんキレちゃったって言うことらしいぜ。おれなら間違いなく早苗連れてそっちに行くのにな」

練一が付け足す。
早苗と椎那の視線が小太郎に集中した。

「だ、だってだって、練一や威明が無理矢理僕を連れだしたんだろ。それに、椎那の前で言うこと、ないじゃないか……」

最後のほうは消え入りそうな声で小太郎が言い訳を言う。

「一昨日まではイベントで連絡どころじゃなかったし……」
「んで、操さんにどやしつけられて、ついでにおれも早苗を放っぽっといたって怒られて、こうして探しに来たってわけ。途中、おれんちで仮眠とか言いつつ昼過ぎまで寝ちまったもんだから、こんな時間になっちゃったけどな」

腹をくくったのか、練一がことの次第を、自分に不利なことまで、洗いざらい話してしまった。
小太郎は横で、視線に耐えかねてか泣きそうな顔している。
……
……
重い空気が流れていく。
と、その沈黙を破るように椎那が口を開いた。

「二人ともまだお参りしてないんでしょ? 一緒にお参りしない?」
「そうね。わたしたちは二重になっちゃうけどね」

早苗が同意する。

「ふ、二人がそういうなら、なあ?小太郎」

あわてて練一が首をタテに振る。

「うん」

小太郎もうなずいた。

「それじゃ行きましょ」

二人の返事を聞くと椎那はそう言って、早苗と一緒に歩き出した。

「ねえねえ、椎那」

参道を歩きながら、小太郎が話しかけてくる

「なに?」

いつもと同じように答えてるつもりなのだが、ついそっけない言い方になる。

「あの、操さんの話、ごめんね」
「いいの。もう気にしてないから」

またしてもそっけない自分の言いように椎那はいらだちを感じた。

「十分気にしてるよ…」

小太郎が泣きそうな声を出す。
本当にこの人はわかってるんだろうか? そう椎那は思った。
自分がなにに対していらだっているのかを。

「ねえ椎那」
「なに?」

自分でもわかるつっけんどんな対応。
やっと会えて嬉しいのに。
探しに来てくれて嬉しいのに。
小太郎のほうを向けない。
なんで自分はこんな態度をとってしまうんだろう?
椎那は素直になれない自分にいらだっていた。

「あ、あのさ、今度さ……」
「もういいのよ」

椎那が小太郎のセリフを遮るように言った。

「え?」
「もう、いいの」

まるで自分に言い聞かせるように、もう一度椎那はそう言った。

「なにがいいのか、ちゃんと言ってくれないとわかんないよ」
「だ、だから、もういいのよ。怒ってないからいいの」

食い下がる小太郎にちょっと困ったように椎那が答える。

「そんなんじゃわかんないよ。なにがどういいのか、はっきり言ってよ」
「……いいの」消え入るくらい小さい声で椎那がつぶやいた。
「え?聞こえないよ」
「ん、もう」

それまで前を向いたまましゃべっていた椎那が横にいる小太郎のほうに向いて、意を決したように口を開いた。


「あなたに逢えたから、小太郎くんとこうして初参りできたから、とても嬉しかったから、だからいいの。怒ってなんかないの」

いつもより赤く見える頬、それは寒さのせいだけではなさそうだった。

「も、もう、恥ずかしいこと言わせないで」

そう言うとプイッとまた前を向いてしまう。
小太郎はポケットに入れていた手を外に出すと、そんな椎那の手をそっと握った。

『恋の女神は気まぐれで、ときどき二人を試すけど、でも、そんなことには負けない2人でいられたら、ずっとずっとステキなんじゃないか』
二回目の初参り。
小太郎の横で手を合わせながら、椎那はそんな風に思った。

fin990112
20020630若干手直し


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