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                    鎌倉の古木倒壊
                 −鎌倉の歴史を眺めて800年ー
 


   三月九日の午後から日本列島は強い寒冷低気圧に見舞われ、横浜界隈でも一時吹雪が
舞った。 この雪と強風で鎌倉の鶴岡八幡宮のシンボルと云われていた大銀杏の古木が翌早朝
倒壊した。 樹齢1000年と云われるが鎌倉幕府が開かれた時には既に有ったものと思われる。 
伝説では鎌倉三代将軍の源実朝はこの大銀杏の下で斬られたと云われ、又この大銀杏脇にある
奉納舞台で静御前が頼朝の命令で舞ったという説もある。 これらの事柄も含め、以来800年の歴史
を眺めてきた大銀杏である。 早速現場を見に行ったが、既に近づく事は出来なかったが写真を
撮る事はできた。 又偶々五年前に散策した時に撮った写真があったので併せて掲載する。 
改めて五年前の写真を見ると実に貫禄のある古木と言う感じである。 長い間人々に勇気と潤いを
与えてくれて有難う、お疲れ様と云いたい。
(20100312)
   星霜千年の貫禄、八幡宮大銀杏
       2005年3月28日撮影
        矢尽き刀折れる
         2010年3月11日撮影


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      大銀杏その後
                   倒壊一ヶ月後


  その後倒れた大銀杏の切り株は隣に植えられ、新芽がふく事を期待されているがどうなるか。 
数日前のTVではあたかも大銀杏の芽がふいたかの様な映像が放映されていたが、4月6日に花見
がてら見物したところ、これは木の芽でなく草にしか見えない。 一方切り株の傍らに大銀杏の木の
芽がふく事を祈願する記帳所が設けられていた。 
  切り株からの新芽が大きくなったものに横浜開港資料館の「たまくす」の木がある。 これは米国の
ペリー提督が1854年横浜に上陸し、日米和親条約交渉の舞台となった場所にあった「たまくす」が
87年前の関東大震災で倒壊した。 その後切り株から出た新芽が今では大木とまでは行かないが
それなりに成長している例がある
本殿階段脇中央盛土が大銀杏跡地、左が新に移植された同切株 囲いの間から見ると青い草状のものが生えているが木の芽とは思えない
ペリー上陸時(1854年3月8日)の絵画、右端が「たまくす」の木 横浜開港資料舘(元英国領事舘)中庭の再生した「たまくす


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あれから1年

   鎌倉の古木が倒壊してから1年後、 東日本を襲った大地震は東北地方に巨大な津波の爪跡を残した。 三陸海岸の津波被害は歴史に何度も登場し、 その都度粘り強く復興してきた事も歴史が証明している。 しかし天災は忘れた頃やってくる。 今度も逞しい復興と共に、今度こそはと英智を傾けた対策を願うものである。
   先日例の大銀杏切り株を見たが、無数の若木が古木から生えているのが確認できた。 何十年後か、この中の何本かが叉立派な樹木となり葉を生い茂らす事を期待したい。(20110506)

大銀杏切り株から生える若芽 鶴岡八幡宮境内、源氏池の桜


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