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               夏草やつわものどもが夢の跡(2)

結局、始皇帝の暗殺は失敗に終わりました。 秦は紀元前220年に天下統一を果たし、
周以来続いた封建制を廃止して郡県制をとり、法治主義のもとで強力な中央集権体制を
確立しました。 騎馬の異民族進入を防ぐために、臨洮(甘粛省)から遼東まで万里の
長城を築いたことは特に有名です。 しかし始皇帝の死後、内訌と陳勝・呉広の指揮する
農民反乱のため秦は僅か十四年で滅びます。 
 晩唐の詩人汪遵はこのあっけない秦の滅亡について以下の七言絶句を残しています。

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長城       長城  
秦築長城比鉄牢  秦長城を築いて鉄牢(テツロウ)に比す
蛮戎敢不逼臨桃  蛮戎(バンジュウ)敢えて臨(リントウ)に逼(せま)らず
焉知万里連雲勢  焉(イズ)くんぞ知らん万里連雲(レンウン)の勢(イキオイ)
不及堯階三尺高  及ばず堯階(ギョウカイ)三尺の高きに

詩解 
秦は長城を築いてまるで鉄の牢に比べるほど頑丈なため、異民族を臨の町に寄せ付けず、
長城は雲まで届くのではないかと思うくらいの勢いである。しかし、これは有徳の堯帝の
住居に設けられた僅か三尺の階段にも及ばず、結局内部から国が崩壊してしまった。

註:堯、舜、禹は伝説の帝王で、孔子が理想の帝として儒教の中で手本としている。
 堯から舜へ、舜から禹へと帝位が禅譲されたが、禹は殷王朝の前に在ったと言われる
伝説の夏王朝の始祖とされている。

  秦の後の主導権を廻り、楚の項羽と漢の劉邦の戦いがあり、項羽は垓下の戦いで
破れます。 其のとき「四面楚歌」のことばが出来ました。史記項羽本記によれば垓下で
破れた項羽は一旦血路を開き、烏江亭まできたところ、その村の長から舟を出すから一旦
東河向こうの故郷、江東に逃れ再起することを勧められます。
しかし項羽は「籍(項羽)江東の子弟八千人と西に渡り、今一人も還る無し。縦(たとえ)
江東の父兄憐れみ我を王とすといえども、我何の面目あって之に見(まみ)えん。 
縦(たとえ)彼らが言わずとも、籍ひとり心に恥じずや」と舟を断り、漢軍の中で切り死
しました。この話に基づき杜牧(803-853、晩唐)は以下の七言絶句を残しています

捲土重来の語源となった詩です

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題烏江亭     烏江亭(ウコウテイ)に題す
勝敗兵家事不期  勝敗は兵家(ヘイカ)も事(コト)期せず
包羞忍恥是男児  羞(ハジ)を包み恥を忍ぶは是れ男児(ダンジ)

江東子弟多才俊  江東の子弟才俊(サイシュン)多し
捲土重来未可知  捲土重来(ケンドジュウライ)未だ知るべからず

詩解
勝敗は戦いの常であり、予期する事はできない。
羞じや恥じを忍んでこそ男でないか
江東は優秀な人材も多いのだから、カッコつけずに再起していれば結果はどうなった
かわからないのに

   勝った劉邦は紀元前202年漢王朝を開き、 秦の郡県制を郡国制に変えるなど一部手直しを
行い、多くは秦の制度を継承しています。 そのためか秦と合わせて秦漢帝国と呼ばれています。 
この時代の特色は匈奴と呼ばれる異民族との戦いを有利に進める目的で西域経営が積極的に
行われ、その結果シルクロードの開通をみることが出来ます。  農耕を主とする漢民族と騎馬で
遊牧を基本とする匈奴などの異民族との葛藤は唐の時代も続いています。 
   漢の初期に、民衆や部下に人気があり、一方敵の匈奴からは飛将軍として一目置かれていた
李広という朴訥な軍人がいました。  特に中央アジアへの遠征を題材とする、辺塞詩を多く残した
王昌齢(698-757、盛唐)の七言絶句を取上げます


従軍行
            従軍行(ジュウグンコウ)
秦時名月漢時関     秦時(シンジ)の名月(メイゲツ)漢時(カンジ)の関(カン)
万里長征人未還     万里(バンリ)長征(チョウセイ)して人(ヒト)未(イマ)だ還(カエ)らず
但使龍城飛将在     但(タダ)龍城(リュウジョウ)の飛将(ヒショウ)をして在(ア)らしめば   
不教胡馬度陰山     胡馬(コバ)をして陰山(インザン)を度(ワタ)らしめず

詩解
秦の時代の名月は漢の時代にもこの関所を照らしていた事だろう。 この関所から万里の彼方に
出征した兵士達はいまだ帰ってこない。
ただ敵地に李広のような将軍を派遣し、にらみを効かせれば、異民族の乗る馬に陰山山脈を
越えさせることは無かったであろうに
註 龍城  匈奴の本拠地

   この漢帝国は途中、宦官の王莽の国家簒奪があり「新」と呼ばれる約50年の時代をはさみ、
前漢、後漢に分かれ合計400年程続きます。 最後は王朝が次第に衰退し、黄巾の乱と呼ばれる
民衆の反乱が原因で220年に滅びます

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