古文書トップへ
        ハリスの来日と日本の開国 その1
         
ー下田条約締結とハリスの参府ー

   江戸時代後期から日米の接触を古文書から拾い、捕鯨船の浦賀入港及びビッドル提督の
浦賀渡来(弘化雑記)、ペリーの再来と和親条約(添田日誌)など取上げてきたが、ここでは
いよいよ日本の開国第二幕、米国総領事ハリスの日本駐在と日米修好通商条約に至る日米交渉を、
安政雑記(国立公文書館、内閣文庫)から関係記述を追って見た。本文にあるハリスが幕閣を
前に大演説をした日(1857年12月12日)から丁度150年である(20071212)

     招かれざる客ハリス
  米国はペリー来日時1854年3月に結んだ日米和親条約(神奈川条約)に基づき、一年半後に
総領事としてタウンゼント・ハリスと通訳官ヒュースケン(阿蘭陀語
-英語)を蒸気軍艦
サンジェシント号で安政三年七月下田に送り込んだ。 和親条約
11条の文言は日本語では
「両国政府において拠所なき儀これあり候模様により、合衆国官吏の者下田に差置候儀もこれ
あるべし」となっており、一方英語版は「両国政府のどちらか一方が必要と認めた時米国領事
又は代理人を下田に置く」となっている。 それゆえ日本側の解釈ではまだ当方としては必要
としていないのにと、ハリスの来日は突然の事であり、当に招かざる客だった。 しかし徐々に
日本側も老中直轄の下田奉行に井上信濃守を、又老中首座の掘田備中守を外国関係の統括責任者
として任命し、
今風に言えば総理大臣が外相を兼務するようなものであるが、幕府としても本腰
を入れて対外問題を取り組み始めた。

     ハリス來日の目的
  ハリスは二つの任務を帯びていた。一つは米国大統領(当時は14代フランクリン・ピアース)
の親書を日本の大君(江戸の将軍
)に拝謁し直接渡すこと、今ひとつは日米通商条約を締結し
貿易の道を拓く事である。 下田の玉泉寺を領事館として貸与されたハリスは下田奉行とこの
二つに付き交渉を開始する。 ハリスも井上もどちらもタフネゴシエイターだが互いに相手を認め
信頼していたようである。 老中との綿密な連絡をとりながら下田奉行が全権として、先ず従来の
和親条約から通商条約への橋渡し的な下田条約9か条が安政
4年六月に結ばれ、金貨、銀貨と米ドル
の交換レート、長崎の開港などが追加された。 

     江戸登城と将軍拝謁
   将軍拝謁については開国反対論も強く到底容認できるような雰囲気ではなかったが、
開国派の堀田備中守は井上信濃守の報告に基づき、大統領使節としてのハリスの強硬な主張を
受け入れざるを得ないと考え幕閣内の地ならしに動いた。 有力諸侯の反対意見も強い中将軍を
動かし、終に米国使節の登城・拝謁を決定した。 ハリスの下田からの旅程、拝謁時の式次第、
参列者の服装に至る迄細かく準備計画され、大統領使節として相応の取扱いに注意を払った事が
伺われる。 そして安政四年十月二十一日家定将軍に拝謁、ハリスも大統領の書簡を渡し、この
役目が大変名誉である旨の挨拶を言上している。 

     通商条約締結に向けての大演説
   将軍拝謁が終って後、堀田備中守宅で老中や実務官僚を前にしてハリスは米国との通商条約
締結の必要性を、当時の世界情勢を踏まえながら延々と演説している。 ここでハリスが述べたのは
英仏の軍事力を背景とした帝国主義の脅威、清朝が朝貢貿易の態度から抜けきらず英仏の武力行使に
より蚕食されてゆく様子、技術革新による世界の変貌と各国交易の重要性などで、折りしも英仏は今
清朝と第二次阿片戦争の最中であり、戦争が一段落すれば次は日本に大艦隊を差し向け自由貿易を
迫ると広言しており、軍事力を背景とした英仏と戦争か或いは不利な条約を結ぶよりも、侵略意図の
全く無い米国と先ず通商条約を結び、公使を置く事が唯一日本を救う道である、としている。 
 ハリスの条約締結の為に英仏の脅威を殊更強調したり我田引水もあるものの、敬虔なピューリタンと
しての倫理観が基本となっており、これが阿片の持ち込み厳禁などを米国との通商条約に盛り込む事を
世界に示し、其後英仏魯等との通商条約の雛型になった事は日本にとって幸いだったのではないだろうか。
r1  
   安政雑記記事(原文を読み下し文に変更)  

1.ハリスの来日下田到着、政雑記第八冊より 2.堀田備中守(老中首座)外国事務兼務任命
3.ハリス取扱幕府方針 4.下田条約、9か条全文
5.ハリス出府に付き諸侯へ通知 6.水戸老公(徳川斉昭)の反対意見
7.ハリス登城・拝謁に向けて準備指示 8.大統領書簡内容
9.ハリスの拝謁時の言上 10.ハリス堀田備中守宅で演説(170項目余)
11.幕府内役人の開国方針提言 12.幕府開国方針を諸侯へ通達
13.幕府、米国大統領書簡に返答

上図: 将軍家定に拝謁するハリス
前より土岐丹波守(大目付)、井上信濃守(下田奉行)、ハリス、ヒュースケン(国書持参)、通訳(森山栄之助か)

参考
ハリス日本滞在記 坂田精一訳 岩波文庫
評伝堀田正睦 土居良三著 国書刊行会
    

                     Home