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暦のはなし

古文書を読むと当然ながら暦日は和暦(旧暦)で表示されており、添田日誌でも西洋の暦、中国の暦などに筆者が関心を持っていることが窺い知れます。この項では暦について整理しておきます。

月の満ち欠けを一ヶ月、太陽の運行に基づき一年を十二ヶ月にする暦の概念はかなり古い時代から出来ていました。 暦を大別すると陰暦、 太陰太陽暦、 太陽暦があります。

陰暦 
  月の満ち欠けを一ヶ月(29.5)とし、一年を12ヶ月としています。 従って一年が29.512354となり、太陽の運行は365.25日とすると年11日ずつ季節がずれて行きます。 今でも余り季節が重要でないないイスラム圏などには陰暦は残っており、ラマダン(第9番目の月の重要な宗教行事)は17年も経つと、夏の行事だったものが冬になることになります。

太陰太陽暦 
   農業を主に行っていた地域では暦の季節がずれることは作物の播種、収穫に支障がでるため、 古代から太陽の運行(実際には地球の公転周期)365.25日と併用して、 月の満ち欠けによる暦との差、年間11日を解消するために、閏月と呼ばれる月を34年に一度挿入し、季節のずれを補正するようになりました。 ローマでは紀元前8世紀頃から、中国では紀元前10世紀以上前から、太陰太陽暦が使われだしたと云われています。 ローマでは紀元前に既に太陽暦に移行していますが、日本は明治5(1872)、中国では1911年まで太陰太陽暦に多くの改善を加えながら使ってきました。 いわゆる旧暦とよばれているもので近世古文書では全てこの暦に従っています。

太陽暦
  エジプトではナイル川が定期的に氾濫するため、季節に直接リンクする太陽暦の概念がかなり古くから活用されていたと思われ、古代ローマのジュリアス・シーザーはエジプトの暦を参考にして、太陽の運行だけによる太陽暦を紀元前45年に定め、これがユリウス暦として西欧諸国の主流になりました。 更に1582年にグレゴリオ13世がユリウス暦に閏年の修正を加え、これがグレゴリオ暦と呼ばれるもので、今日の世界標準となっている太陽暦になりました。




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