シーボルト事件と流出地図 | ||
今から25年程前米国ボストンの骨董市で古い日本地図 を二枚入手した。 壱枚は新聞の様なものに白黒で印刷されており 「日本辺界略図」という日本を中心とする東アジアの地図で 新聞の日付は1853年11月19日となっている。 壱枚はやはり新聞か大形本の様なものに現在の地図の 形と殆どかわらない日本及び別枠に蝦夷(北海道)と長崎が 色刷りで印刷されており、裏には1862年の日付で南北戦争 の記事が載っている。 尚後者にはシーボルトの地図を元に 編集した旨が記入されている。 これらの地図はそのまま押し入れに保存していたが、 最近長崎を訪問してシーボルト記念館や出島を見学して 来たので、この骨董地図にも光を当てて見た。 左の写真は長崎市内鳴滝のシーボルト屋敷跡、右奥レンガ 風の建物は同記念館 |
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出島に復元されたオランダ人商館員の部屋 ベッドに蚊帳が吊ってある |
シーボルトとは シーボルト(1796-1866)はドイツ南部のバイエルン地方 出身のドイツ人医師であるが日本へ強い興味を持つ。 当時ヨーロッパで唯一日本と交流があったオランダの 軍医に採用され、文政6年(1823)出島のオランダ商館付き オランダ人医師として長崎に赴任する。 医学や植物学に 明るく時の長崎奉行、高橋越前守の特別の計らいで翌年 には出島外の鳴滝に民家を購入し塾を開く事が許される。 そこで多くの門弟が西洋医学や自然科学を学び、 シーボルトは日本の医学や自然科学の発達に多大な 貢献をした事で高く評価されている。 一方日本滞在中シーボルト事件を引き起こし、本人は 文政12年(1829年)国外追放となり、多数の日本人関係者 が処罰された事でも有名である。 尚日本の開国に伴い、30年後の安政六年(1859年) シーボルトはオランダの貿易顧問として再度日本に入国、 幕府にも招かれ外交や自然科学の講義をおこなったが 1862年帰国する。 |
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高橋景保監修、永田善吉の銅板による日本辺界略図、世界地図が並べて印刷されており、冒頭に景保の序文(文化6年、1809年)がある (国立公文書館蔵) |
シーボルト事件とは シーボルトは長崎滞在中、文政9年(1827年)にオランダ 商館長に付添い江戸を訪問している。 半年若の江戸 滞在期間に精力的に幕府役人や民間人と接触し、特に 幕府天文方高橋景保と交流を深め、日本地図や蝦夷地 の地図を入手する。 当時地図の管理は非常に厳しく特に外国人に渡す事 は国禁事項であったが、高橋もシーボルトの持つ貴重な 情報が欲しく、情報入手の交換条件として地図を渡し国禁 を犯す事となった。 やがて事が発覚してシーボルトは文政12年(1829年) 国外追放となり、一方の高橋景保は獄死、且多くの関係 者が処罰される事になる。 内閣文庫の文政雑記には シーボルトの所持品や荷物の抜打ちの取調べ状況及び 関係者の判決文が多数収録されている これをシーボルト事件と言う。 ○シーボルト部屋手入れと禁制品押収を見る(文政雑記) ○高橋景保始め関係者の判決文を見る(文政雑記) |
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右の「日本」に掲載された日本辺界地図を元に米国で英文版を印刷したものと思われる。 ボストンの骨董市で入手 |
事件その後 シーボルトが何故地図を執拗に欲しがったか、何故 事件が発覚したか、と云うのは小説の格好の材料と見え シーボルトはスパイだったとか、偶々シーボルトの積荷 の船が難破して荷物に禁制品の地図があり発覚したとか 間宮林蔵が密告したとか、等あるが後世の創作が多く真相は 明確ではないようである。 しかし文政雑記の記事を見ると 地図の受け渡しには、かなり多くの人が関わっているので、 やはり誰かが密告したとしか思えない。 尚シーボルトに渡った地図は、幕府の手入れで流出を 事前に防ぎ回収された事になっている。 しかしシーボルト が退去後、1832年にオランダで刊行した「日本」では 間宮海峡と命名されたカラフトを含む日本辺界略図がオラン ダ語で掲載されており、日本が高度の文化を持つ国として 世界に紹介されているし、精度の高い伊能図も持ち出され ていると言われている。 高橋景保始め処罰された人達には気の毒だが、その後 の開国への道筋も含めて、シーボルト事件は日本の為には 良かったのではないだろうか。 |
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画像クリックで拡大 ボストンの骨董市で入手1863年頃の印刷 |
精度の高い日本地図 伊能忠敬の測量により、文政四年(1821)に幕府天文方 で完成させた大日本沿海輿地全図が元になっていると考え られている。 地図中に下記が凡例と共に表示されている Compiled from the maps of Siebold with additions from the surveys and reconnaissances of the U.S. Japan Ex. |
参考文献
内閣文庫文政雑記 国立公文書館
シーボルト「日本」 中井晶夫訳 雄松堂
シーボルトと日本の開国 続群書類従完成会