古文書トップへ

                           薩州旧伝記

                   ー戦国から江戸初期の薩摩君臣言行録ー

  日本の歴史の中で戦国時代の終焉とは1600年の関ヶ原の戦いを以て終わるという説と、1615年の大坂夏陣で豊臣家の滅亡とする両説があるが、何れにしても江戸幕府の始め1603年以降は概ね平和な時代となった。 
  今回取上げた薩州旧伝集は主として戦国時代末期から江戸時代初期の薩摩の君臣の言行伝聞を随筆風に書記しているが、島津家創業時からの遺された伝聞も所々に見られる。 
  この書の成立は江戸時代後期の
18世紀後半と思われる。 薩摩の全国的なクローズアップは19世紀後半の幕末から明治惟新の頃が著しいが、それより300年前の戦国末期から江戸時代に至る迄に日本全体に影響ある大きな事件に参加しており、君臣言行録のテーマもその関連がもっとも多い。

鹿児島から見た桜島と錦江湾

   話題の最も多い事件は以下の三つである。
  一つは
16世紀後半に島津貴久(島津家15代太守)が薩摩・大隅国を統一し、その子義久(龍伯公、16代太守)が15867年には九州統一を目指し完遂目前に豊臣秀吉の京都軍に敗れた。 それにも拘らず薩摩・大隅・日向の旧領は安堵される。 
  二つには秀吉が興した文禄・慶長の役で日本は朝鮮・明の連合軍と戦った。 1598年の泗川(しせん)の戦で義久弟義弘(惟新公、17代太守)とその子家久(後の中納言、初代薩摩藩主)軍は明の大軍を破り、日本軍全体の朝鮮からの円滑な撤収に大きな貢献をしている。
   三つには1600年の関ヶ原では西軍に属し、西軍敗戦後少数ながら東軍の中央を突破した義弘(惟新公)の撤退は薩摩の勇名を轟かし、新しい支配者の徳川家康からも領地を安堵されている

  随筆は全て一つ書で各項目の順序は時代や事件等との関連性はなく、無秩序に書き連ねられているようであるが、時々関連するものが思いついたように並ぶ事もある。 又関連する記事が全く別の場所に記載されている場合もある。
  原本は天、地、人の三分冊からなり、天が
13巻、地が45巻、人が67巻で構成され各巻凡25帖(50ページ)である。 
  一巻宛翻刻、現代語訳を当ホームページに掲載して行く予定であるが、写本は国立公文書館のものしか見当たらず校合が困難であり、読みきれない分5%程度は適切な現代文に訳せないものある。 尚現代文には各巻の冒頭にテーマを示した


旧伝集一翻刻→こちら   旧伝集一現代文訳→こちら

旧伝集二翻刻→こちら   旧伝集二現代文訳→こちら

旧伝集三翻刻→こちら   旧伝集三現代文訳→こちら

旧伝集四翻刻→こちら   旧伝集四現代文訳→こちら

旧伝集五翻刻→こちら   旧伝集五現代文訳→こちら

旧伝集六翻刻→こちら   旧伝集六現代文訳→こちら

旧伝集七翻刻→こちら   旧伝集七現代文訳→こちら

関連年表→こちら



製本版(現代文訳注)は→こちら


国立公文書館内閣文庫デジタル資料より   画像クリックで拡大
表紙は旧伝記で中は旧伝集一、二・・七となっている。

        図面クリックで拡大

 参考文献: 薩藩旧記雑録(国立公文書館)
       島津家之文書(東大史料編纂所編)
       薩藩叢書(薩藩叢書刊行会、国会図書館)